事実の証明

心残りのまま永眠した 神谷 力 氏の手記。 トリカブト事件を冤罪と断定し、 判決の矛盾を鋭く指摘する。
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全文-33 (2013/02/23(土) 23:29:37)
2012.04.16

 全文-33

 第四章 論理的でない矛盾に満ちた判決
 
33-1 引用文P167-168 
 
 一 第一審判決は先入観によって導かれている
 
逮捕後の四十四日間の取り調べはK警部が相手だった。その間、私を取り調べ
た刑事は、K警部以外にはいない。私、が殺人容疑についてまず話しはじめたのは
、食品会社の設立準備のことである。最初のうちは熱心に聞いていたK警部は、私
から大方の話を聞き出すと食品会社の話には見向きもしなくなる。

 
私は、利佐子の血液からトリカブト毒が検出されたという事実を安易に考えてい
た。利佐子を殺害していないという思いが、私をそうさせている。さらに、私が利佐
子と別れてから発症するまで二時間近く経過しているという状況も、私の考えに強
く影響していた。しかし、K警部とのやり取りが続く中で、私は発想の転換を図る必
要を感じる。捜査当局は、利佐子の血液からトリカブト毒が検出されたことを決定
的な証拠として捕らえられている。確かに、発症まで二時間近いという問題は、K警
部の話を聞いてわかったことだが、捜査当局は立証できていない。だが、K警部か
らは、私を有罪にできるとする自信がありありとうかがえる。それほどまでに、血液
からトリカブト毒が検出されたいうことは強力な証拠なのだろうか。そうだとすると、
私は、血液からトリカブト毒が検出されたという事実に対して、直接反論できる論拠
を組み立でなければならない。私は数日間悩み続けた。直接反論できる論拠など
示せるわけがない。常識的に
考えれば、証拠となる血液の管理は万全を期すと思
える。では、私以外の何者か
が利佐子にトリカブト毒を盛ったのか? しかしK警部は、
当日の状況からそのようなことはありえないと言った。私は自ら
の考えをぐるぐる
追いかけるようにしながら悩み抜いた。
 
 引用文 P102-103
 
一九九四年九月二十二日の判決公判における判決の言い渡しのときは、判決
文が出来上がっていないこともあって、耳から聞いただけでは殺人の準備行為に
ついては詳しくは把握できなかった。
第一審の判決文が出来上がり私の手元に届いたのは、翌年五月二十二日のこ
とだ。その判決文を読んで受けた印象は、利佐子の保管されていた血液からトリカ
ブト毒とフグ毒が検出されたという事実認定以外には、私の殺人行為を裏づける
立証はなんら行なわれていないということだった。特に殺人のための準備行為を行
なったとする部分については、漠然としていてなんと矛盾に満ちていることか。架空
の話にしても、もうすこし論理的にまとめられなかったのかと思う。
 
 引用文 P371-P372
 
第一審の裁判の経過を振り返ると、裁判官がいかに先入観に支配されていたか
ということがありありと浮かび上がる。利佐子が高額の生命保険に加入していたと
いう事実と、なんといっても利佐子の血液からトリカブト毒とフグ毒が検出されたこ
とが、審理の当初から裁判官の心証を有罪へと導き、その後は有罪を固めるため
に審理が行なわれていたと私には思える。
先入観を持たずに厳正な判断をモットーとするなら、血中濃度の動態など死亡し
た当日の利佐子の具体的条件と様態とを詳しく審理すべきなのに、なにひとつ審
理されていない。充分とはいえないが、私が公判で指摘した利佐子の血中濃度の
上昇のあり方などは、すこし注意深く審理すれば、私を有罪とすることにすくなから
ず疑問がわくはずなのに、まったく関心を示さないのだ。このことは、有罪との先入
観を持つことによって、公正に審理を尽くそうとする態度を失っていたことを明確に
示している。

 
鑑定とは、不明なことを明らかにするために行なわれると私は信じている。相反
するこつの鑑定結果が示された場合、それにかかわる専門家の証言を充分に検
討して、信頼できる鑑定結果を取り入れるのが公正さというものだ。しかし第一審
判決は、専門家の証言があるにもかかわらずその検討を怠り、もっとも信頼すべき
鑑定結果を排除して、すこしでも注意をもって検討すれば明らかに疑問が生じるよ
うな鑑定結果をあえて採用し、利佐子が服用したとされるカプセルにトリカブト毒が
詰められると認定した。これも、有罪との先入観を持つことで、公正に審理を尽くそ
うとする態度を失ったからにほかならない。

 
ナイフを凶器として使われた殺人事件においては、致命傷となった傷口と、凶器
とされるナイフの刃型とは克明に検証されるだろう。それは当然のことといえる。ナ
イフの刃型と傷口が一致しなければ、そのナイフを所持していた人を犯人とは認定
できないからだ。私の事件でも、密閉ガラス瓶と利佐子の血液から検出されたトリ
カブト毒が、同一のトリカブトから抽出されたものかという疑問があった。鑑定結果
で明らかにされたアコニチンとメサコニチンの構成比が大幅に相違することから、
同一のトリカブトから抽出されたものではないと証明ができるものを、第一審判決
は一切触れずに避けて通る。これなどは、有罪との先入観を持つことで公正さに目
をつぶったといえる。

 
第一審判決は、合理的な疑いを容れない程度にまで犯罪の証明がなされたという
が、いま述べたように犯行を直接証明する事項についてはなにひとつ証明されて
いないのだ。公正さを欠き論理的でない矛盾に満ちた第一審判決のなかで、利佐
子の血液からトリカブト毒とフグ毒が出されたという事実だけが、唯一、判決が指
摘する直接証拠として私の目には浮いて見えてくる。判決は無言のままに示唆し
ている。「この事実ですべてが証明されているのだ。物的証拠の血液に、毒物が混
入されるなどということは考えようがない」と。この先入観から、すべての認定が道
理に従わずに組み立てられていた。私が立証することなどまったく不可能であるに
もかかわらず、「保管されていた血液に両毒が混入されたというなら、そのことを証
明してみろ」とでも言われているように私には聞こえてくる。この先入観が、第一審
における審理を貫き公正さを失わせてしまったのだ。
 
 引用文 P53-P54
 
まず、第一審判決が、殺人行為の全容をどのように描写しているかを示してみよ
う。この描く内容は、現在からさかのぼりやすいように年号を西暦に改め、氏名や
店名等を略称にするなど、二点について書き換えただけで、判決が認定し説示して
いる殺人行為の準備と実行について、判決文をそのまま記載している。
第一審の判決文は、「目次」や「証拠の標目」などを除くと本文は、二六0ペー
ジから成る。そのうち「生命保険の加入状況」「私の経済状態」「私の主張につい
ての否認」などについての記載は省略したが、二一0ページほどにわたる「殺人
行為の準備と実行」については、そのほとんどを抜き出して記載した。また、記載
している順も判決文の順と同一にしてある。
判決文をそのまま記載することにより、トリカブト毒とフグ毒を、なんらかの犯罪
に利用されないかという心配もある。しかし、判決文はすでに公表され、私がこの
裁判で学んだ結果からすると、判決文を読んだだけでは人を殺害するもっとも効果
的な方法がわかるわけではない。また、仮に犯罪に利用されたとしても、現在の鑑
定技術をもってすればその事実を速やかに明らかにすることができると判断し、判
決文をそのまま記載した。
 
引用文 P54
 
表題の付けられていない一部の項目については私が末尾に(*)印を打って表題
を付けたが、あくまでも、判決文から殺人行為の準備と実行に関する部分を抜き出
して文面のとおりに記載しただけで、私の事実の状況や私の主張は一切付け加え
ていない。
ただし、判決文では表記していないが、裁判所に提出された鑑定書や公判での
証人の証言のなかに、判決文のその部分と重要なかかわりを持つと見ることがで
きるものがあり、その場合は、実線の方形で囲って、「OOの鑑定書によると」「OO
の尋問調書によると」などと断った上で記載している。
 
33-2 引用文 P56-P71
 
  二 第一審判決が描く殺人行為の全容
 
 利佐子の死因と有罪判決 (*)
 
被告人は、一九八六年五月一九日、トリカブト毒とフグ毒を詰めたカプセルを用
意して、利佐子と共に大阪から空路沖縄に渡り、那覇市内のTホテルに投宿した。
翌五月二O目、被告人は、利佐子と行動を共にしていた同日朝の起床時から同
日午前一一時四O分過ぎころまでの聞に、右Tホテルから同市の那覇空港国内線
第一ターミナルビル一階全日空到着ロビーに至る那覇市内において、利佐子を殺
害するために予め準備し、携帯していたトリカブト毒とフグ毒を詰めたカプセルを、
栄養剤などと称して利佐子(当時三三歳)に交付し、そのころから利佐子の搭乗し
た南西航空機が沖縄県石垣市の石垣空港に到着した同日午後零時五三分ころま
での問に、岡県那覇市内又は右那覇空港から右石垣空港に向かう南西航空機内
において、カプセルに右毒物が詰められていることを知らない利佐子をして右カプ
セルを服用させ、よって、同日午後三時O四分ころ、同市の沖縄県立八重山病院
において、利佐子をアコニチン系アルカロイド中毒による急性心不全により死亡さ
せて殺害したものである。
 
利佐子の死亡に至る経緯
 
関係証拠によれば、次の事実を認めることができる。利佐子は、被告人と共に
一九八六年五月一九日午後、大阪空港発全日空一O
三便で那覇空港に到着し、
那覇市内及び糸満市を観光した後、那覇市内にあるT
ホテルに投宿した。
利佐子は、翌二O日朝起床後、被告人と一緒に同ホテル内のレストランでバイ
キング形式の朝食を摂り、午前一O時三九分ころ同ホテルをチェックアウトし、車付
ウインドケース、ショルダーバッグのほかキルティングの布袋を持って、被告人と一
緒にタクシーで那覇空港に向かい、午前一一時ころ同空港国内線第一ターミナル
ビルに到着し、当日東京を発って合流する予定の利佐子の女友達、AとBの姉妹、
及びCの三人の到着を、同ピル一階全日空到着ロビlで待った。Aらは、午前八時
五O分羽田空港発全日空八一便に搭乗し、午前一一時二O分那覇空港に到着す
る予定であったが、飛行機の到着が予定より約二O分遅延したため、同便に搭乗
する石垣島への乗継ぎ客は、那覇空港で降機後、全日空到着ロビーには立ち寄ら
ず、乗継ぎパスで直接南西航空ビルに向かうこととなり、そのため、利佐子は、午
前一一時四O分過ぎころ、同ロビlで被告人と別れて一人で南西航空ピルに向かい
、午前一一時五O分過ぎころ同ビル待合室でAらと合流した。他方、被告人も、那
覇空港国内線第一ターミナルビルから南西航空ビルに向かい、午後零時前に同ビ
ルに到着した。
利佐子及、Aらは、被告人の見送りを受けて南西航空六O九便に搭乗し、利
佐子は「五C」の禁煙席に、Aらは、「一六A」、「一六B」、一六C」の喫煙席にそれぞ
れ座り、同使は午後零時O五分に那覇空港を出発し、午後零時五三分に石垣空
港に到着したが、この間、機内で利佐子とAらが接触することはなかった。
 
南西航空株式会社からの回答書によると、南西航空機内では飴が配られた
だけで、飲み物のサービスはなかった。客の求めに応じる態勢は採られてる。
 
利佐子は、同空港到着後、手荷物の受け取りをAとCに頼んでターンテーブルの
近くのベンチに腰掛けてBと一緒に喫煙し、午後一時ころ、同空港前からAらとタク
シーに乗車して宿泊予定のVホテルに向かった。ところ、が、最初のうちはAらと車
内で賑やかに喋っていた利佐子が、やがて途中から次第に黙り込むようになり、同
ホテルに到着した午後一時一五分ころには、着ていたジャンプスーツが水をかぶっ
たように見えるほど大量に発汗していた。利佐子は、タクシーから下車し、同ホテル
のカウンターでチェックインの手続きをした後、
 
友人Bの尋問調書、およびホテルの従業員からチェックインのときの状況を聞
いた利佐子の兄の尋問調書によると、チェックインの手続きは四人を代表して利
佐子が一人で行ない、記入した書類にも筆跡の乱れはなく、てきぱきと手続きを
している。どのような自覚症状も一切訴えていない。
 
Aらと一緒に歩いて割り当てられた客室に向かったが、その途中、午後一時二O
分ころ、突然「胃液が戻る。気持ちが悪い」と言って車付ウインドケースなどをその
場に放置したまま、右客室に駆け込むと、玄関脇のトイレに入り、トイレのドアを開
けたまま、便器を抱えるようにしてしゃがみ込んで、「オエー」と声をあげ、「吐きたい
けど、吐けない」などと言いながら胃液様の物を若干嘔吐した。
 
利佐子を解剖した琉球大学医学部O助教授の尋問調書によると、利佐子が死
亡した翌日、八重山警察署から、何時何分にどういう症状というメモをもらい、午
後一時二七分、幅吐がはじまったということで、その時間をいちおう発症と考え
た、と証言している。
 
利佐子は、Aらに促されて同室内のベッドに横たわったが、その後も、「寒い。寒
い。手がしびれる」「何か変。私の体どうなっちゃうの」などと口走りながら苦悶し続
け、手を痙攣させたり、身体を左右に回転させながら必死になって吐こうとするなど
し、また、足は氷のように冷え切るなど、病状は悪化の一途をたどるばかりであっ
た。そして、同ホテルを通じて要請した石垣市消防署救急係の救急隊員三名が救
急車で同ホテルに到着した午後一時五六分ころにも、全身から大量に発汗し、頭
髪はびしょ濡れで、衣服も濡れている状態で、嘔吐物は出ないもののしきりに吐き
気を訴える状況にあった。
 
救急隊員の尋問調書によると、このホテルはコツテ-ジ風の造りで、敷地内にそれぞれの客室まで道路があり、客室が離れ形式になっている。
 
救急隊員は、利佐子を担架に乗せて救急車に搬入し、Bを同乗させて、午後二
時O三分、同ホテルを出発して沖縄県立八重山病院に向かった。利佐子は、車内
でも足をばたつかせながら悶え苦しんでいたが、ホテルを出てから約七分後の午
後二時一O分ころ、突然「ううっ」と声を出して目をむき、両手を上に突き上げて反り
返り、足を突っ張る動作をした直後にぐったりして意識を失い、救急隊員が確認し
たところ、自発呼吸は失われ、脈も触れず、心肺は停止していた。車内では直ちに
救急隊員により心肺処置が行われ、利佐子は、人工呼吸、心臓マッサージなどを
受けながら心肺停止状態のまま午後二時二O分ころ同病院に搬入され、
 
救急隊員の尋問調書によると、心肺停止の直前まで、問い掛けにははっきり
とした口調で答えており、意識の混濁はない。心肺停止のとき、目をむくような
状況は認めていないと証言している。
 
同病院の救急治療室で直ちにSら五、六名の医師により人工呼吸、心臓マッサ
ージその他救急蘇生術の施術を受けた。利佐子は、心電図装着時から心室細動
を示しており、その後の交感神経刺激剤の投与、除細動器による電気ショック(通
常は五回位のところ、Aらの要請により一O回位)を施されたにもかかわらず、通常
は一時的にせよ正常な波形に戻るはずなのに一度も正常洞を示さず、心電図上
でも心室頻拍と心室細動を繰り返すのみであり、心肺機能は一度も回復すること
なく推移したため、医師らは右蘇生術の継続を断念した。すると、同時に利佐子の
心電図はフラットになり、医師らは、利佐子の呼吸停止、心停止、瞳孔散大を確認
し、午後三時O四分、利佐子の死亡が確認された。
利佐子は、ホテル内で具合が悪くなった後も意識は清明で、Aらの問いかけに
「神谷は二時何分の飛行機で大阪に帰るから、まだ那覇空港にいる」と言って被告
人の行動予定を述べたり、また、救急車に乗せられてからも、救急隊員の質問に
対し、「変わった物は別に食べていない。那覇のホテルの朝食でバイキングのコー
ヒーとパンを少し食べただけ」「病気はありません」などとはっきりとした口調で答え
ていた。
 
利佐子の死因判明に至る経緯
 
関係証拠によれば、次の事実を認めることができる。
利佐子死亡後、担当医師Sは、医師法二一条により看護婦を通じて八重山警察
署に異常死体の通報をし、同署警察官Sは、一九八六年五月二O日午後四時四O
分ころから午後五時二五分ころまでの間、県立八重山病院及び同署解剖室にお
いて利佐子の死体の検死を行い、午後五時三O分ころ利佐子の死体を同署解剖
室の冷蔵庫に安置した上、午後六時ころ沖縄県警察本部刑事部刑事調査官Kに
電話で捜査結果を報告し、同人から解剖の準備をするように指示を受け、午後六
時三O分ころ既に同署に着いて利佐子の死体を確認した被告人を説得して解剖承
諾書を徴して右Kにその旨の連絡をし、引き続き、午後七時ころから午後九時ころ
まで、被告人から職業や保険加入の有無などにつき事情を聴取して参考人調書を
作成した。他方、右Kは、琉球大学医学部法医学教室助教授O(以下「O助教授」と
いう。)に、利佐子の死体の解剖を依頼した。
O助教授は、翌一二日午前一O時五一分から午後零時三六分までの間、八重
山警察署解剖室において、右Kの補助の下に利佐子の死体を解剖し、心臓左室
後壁下部の筋肉に暗褐赤色の変色部があるが、他に肉眼による致死的所見がな
いことから、利佐子の死因につき一応病的な急性心筋梗塞と判断して、死体検案
書の死因欄にその旨の記載をした。しかし、O助教授は、利佐子の心臓急停止の
原因に強い疑問を抱き、死因究明のため利佐子の心臓血三Occのほか利佐子の
心臓、肝臓等の臓器の一部を大学に持ち帰り、右心臓血をマイナス二O度に冷凍
保存し、右臓器を一O%ホルマリンに固定して保存した。その後、O助教授は、右臓
器の病理組織検査を実施するなどしたが、報道関係者らからの情報に接して、死
因についてさらに慎重な検討を加える必要を感じ、
 
利佐子の友人Bの尋問調書によると、このとき(この年六月)、O助教授は週刊
誌の記者に、利佐子の血液を保存していることを話している。
 
利佐子の死因等についての八重山警察署長からの六月三O日付けの鑑定嘱託
に対しては、とりあえず七月一八日付けで利佐子の死因を急性心不全とする解剖
当初の所見を記載した中間報告書を作成して送付した。その後も、O助教授は、被
告人の前妻なつ江の金海循環器科病院で作成された診療録や心電図などをも入
手して、これを検討するなどして利佐子の死因究明の努力を続けていたが、やが
て、なつ江の心電図には房室ブロックや心室性期外収縮の異常が見られ、これが
以前に宮城県古川市で発生したトリカブト中毒患者の心電図に似ていることなどに
気付き、翌一九八七年二月二日、利佐子の心臓血一Occを東北大学教授医学部
附属病院薬学博士M(以下「M教授」という。)に送付して微量分析を依頼したところ
、同年二月末ころ、M教授から、口頭で利佐子の心臓血からトリカブト毒が検出さ
れた旨の回答を得るとともに、その後、M教授作成の四月三O日付けの試験報告
書で同旨の回答を得た。そこで、O助教授は、前記鑑定嘱託に対し、E月六日付け
で利佐子の死因をアコニチン系アルカロイド中毒による急性心不全とする鑑定要
旨(以下「第一次鑑定」という。)を作成して送付した。

 
被告人は、利佐子死亡後の一九八六年二一月一二日、生命保険会社四社を
被告として保険金請求訴訟を東京地方裁判所に提起し、一九九O年二月一九日
に請求を認容する判決を得ていたが、その控訴審の同年一O月一一日の口頭弁
論期日において、O助教授が保険会社側の証人として出廷し、利佐子の死因がア
コニチン系アルカロイド中毒である旨の証言をし、これを機にテレビ等が「トリカブト
殺人疑惑」として大々的に報道しこれに接した視聴者(山野草販売庄経営T)からの
連絡により、利佐子死亡から約四年半後、トリカブト毒検出から約三年半後の同
年二一月一七日なってはじめて、被告人が福島県西白河郡でトリカブトを購入して
いた事実が明らかとなった。そこで、捜査機関は、改めて、翌一九九一年二月二二
日付けでM教授に対し、利佐子の心臓血からトリカブト毒が検出されるか否か等に
ついての鑑定嘱託を行い、M教授は、同年二月二七日から三月二日にかけて鑑定
を実施し、七月三一日付けで利佐子の心臓血からトリカブト毒が検出された旨鑑
定書(以下「第二次鑑定」という。)を作成して送付した。

 他方、被告人は、同年七月一日、殺人及び詳欺未遂容疑で通常逮捕されたが
そのころテレビ放送を見ていた視聴者(M) からの通報により、利佐子死亡から五
年後の同年七月四日になって、はじめて、捜査機関も含め誰一人気付かなかっ
た被告人が神奈川県横須賀市でフグを購入していた事実が明らかになり、
 
大阪大学医学部S教授の尋問調書によると、この年の六月なかばに、捜査機
関のY巡査部長からなつ江の症状について意見書を依頼され、そのときフグ毒と
いう言葉、があったと証言している。
 
これを受けて、捜査機関から七月一五日付けで東京大学農学部講師N(以下N講
師という。)に対して利佐子の心臓血からフグ毒が検出されるか否か等についての
鑑定嘱託がなされ、N講師作成の八月三一日付け鑑定報告書(以下「N鑑定」とい
う。)により、利佐子の心臓血にフグ毒(ここでは、テトロドトキシンのほか、その分解
物等を含む。)が含有されていた事実も明らかとなった。
なお、右各試験ないし鑑定の資料となった血液は、いずれもO助教授が一九八
六年五月二一日の利佐子の死体解剖時に採取した利佐子の心臓血三〇ccの一
部であるが、これと同一性を有する残余の血液につき当裁判所において親子鑑定
を実施したところ、鑑定人医師O作成の一九九四年一月一一日付け鑑定書により
、右血液が利佐子の父、姉および弟の血液と対照して親族関係(親子関係、姉妹
弟関係)上矛盾が見られないことが確認された。
 
利佐子の死因
 
利佐子の心臓血からトリカブト毒及びフグ毒が検出されたことは、前述したとおり
である。すなわち、いずれも利佐子の心臓血から、第一次鑑定では、アコニチンが
補正値(定量値に血液からの回収率をもって補正した値、以下同じ。)で二九・一
ng/ml、メサコニチンが補正値で五三・一ng/mそれぞれ検出されたほか、ヒパコニ
チンが検出され、第二次鑑定でも、いずれも補正値で、アコニチンが二九・一m/l、
メサコニチンが五一・Ong/m、ヒパコニチンが四五・六ng/mそれぞれ検出され、N
鑑定では、テトロドトキシン及びその分解物等の関連物質が補正値で二六・四
ng/ml検出されたことが認められる。
右鑑定のうちM教授のそれは、超微量薬物についての定量分析の権威である
同教授が、冷凍保存された利佐子の心臓血を溶解後、エタノlルとの混和と遠心分
離、ジエチルエーテルとの混和と遠心分離、クロロホルムとの混和と遠心分離等の
操作を繰り返すなどして分析用試料を作る一方で、アコニチン、メサコニチン、ヒパ
コニチン等の標準原液を調整し、GC/SIM分析により鑑定する方法で実施したもの
で、科学的、合理的な分析方法である上、極めて高度な分解機能を有する高精度
の分析器を用いて行われたものであって、鑑定の手法及び経過は十分信頼できる
ものであり、その結論においても第一次鑑定及び第二次鑑定を通じて一貫してお
り、鑑定結果の正確性、信用性に疑いを挟む余地は全くない。
 
そこで、利佐子の死因につき検討する。
関係証拠によれば、トリカブト毒の中毒症状としては、初期においては、のぼせ、
顔面支顔、酩酊状態、心悸亢進が、中期においては、唾液分泌促進、発汗、悪心
,嘔吐、下痢、顔面蒼白、舌の剛直による言語不明、四肢の倦怠・弛緩による起立
不能等が、また、末期においては、不整脈、瞳孔散大、四肢の冷えなどの各症状
が見られること、
 
東北大学M教授外二名作成の鑑定書(一九九四年一月一八日付)によると、ト
リカブト毒のヒトの中毒症状としては、初期に酪町状態、のぼせ、顔面紅潮、眩
暈、舌や口のまわりから順次項部、上肢部、腹部へと下行するシビレ感、蟻走
感、心悸亢進、さらに進むと流涎、舌の強直、言語不明瞭、悪寒、冷、庁、悪
心、嘔吐、口渇、腹痛、下痢などからチアノーゼ、瞳孔散大、体温低下、血圧低
下、時鳴、視力障害、意識混濁、脈拍細小・不整・微弱・緩徐、呼吸緩慢・麻療
などを起こして死に至るとされる。
 
 そして、心電図上の所見では、トリカブト毒の場合は、不整脈である房室ブロック、
心室性期外収縮、心室頻拍、心室細動などの極めて多彩な心電図異常が見られ
るのに反し、フグ毒の場合には、基本的に心電図異常は見られないこと、心筋細
胞は、二疋の周期で収縮と弛緩を繰り返しているが、正常な状態における心筋細
胞は、静止状態において、膜電位がマイナス九mvに位置して膜電圧(細胞の外
がプラスで、その内がマイナスの状態をいい、これを「分極」と呼ぶ。)を形成し、こ
れに洞結節から発生する電気的刺激(インパルス)が心一房に伝わり、房室結節を
通って心室に伝わると、膜電位が徐々に上昇し、ある闇値に達すると、細胞膜に存
在するナトリウムチャンネルが聞いてナトリウムイオンが細胞外から細胞内に急激
に流入し、膜電位が急激にプラス側に変化して(これを「脱分極」と呼ぶ。)プラトー
状態を呈して、カルシウムチャンネルが聞き、カルシウムイオンが細胞外から細胞
内に急激に流入して収縮が行われ、その後放電がなされて、プラトー状態の膜電
位は次第に低下していき、ナトリウムイオンも能動的に細胞外に汲み出され、元の
マイナスの膜電位に戻っていく(これを「再分極」と呼ぶ。)という過程を経ていること
、トリカブト毒は、これまでのアコニチン系アルカロイドの研究では、ナトリウムイオ
ンの流入を促進し、心筋細胞の自動能を高めることにより不整脈を引き起こし、ま
た、ナトリウムチャンネルの研究によると、ナトリウムチャンネルの受容体部位2に
結合し、電位の不活性化過程を抑制し、闇値を過分極側に移行させることにより、
本来の闇値以外のところでも脱分極を生じさせ、本来の周期にそぐわない収縮を
行って不整脈を引き起こし、刺激伝導系のあらゆる箇所で異常を来し、通常は、期
外収縮が起こり、心室頻拍を経て、心室細動に至るという経過をたどること、心室
細動とは、心臓の筋肉がばらばらに動いている状態を言い、死亡直前の状態であ
ると認められているところ、
 
大阪大学医学部S教授の尋問調書によると、トリカブト中毒に出現する不整脈
とか、リューマチとか、心筋炎などでも、充分に起こりうると証言している。
 
 前述したとおり、利佐子は、死亡前の午後一時一五分ころから、大量に発汗し、悪
心、幅吐を訴え、手足の疲れ、足の冷えなどのトリカブト毒の中毒症状を呈し、約
一時間後の午後二時一O分ころ、心肺停止状態に陥り、その後直ちに行われた心
肺処置及びこれに引き続きなされた救急蘇生術の施術にもかかわらず、一度も心
肺機能を回復せず、心電図上の所見でも、当初から心室細動を示し、交感神経刺
激剤の投与によって心室頻拍になるものの、正常洞を示すことなく心室細動に戻
るという、特異な心電図異常を示していたこと、また、トリカブト毒およびフグ毒のヒ
トに対する致死量はいずれも約二時であるところ、利佐子に実際に投与されたトリ
カブト毒及びフグ毒の量を厳密に確定することはできないが、利佐子の体重が四
七kgであり、右の各毒が体内に均一に分布していたとしてその毒量を推計すると、
トリカブト毒の量は、致死量をはるかに超える約五・九mgであるのに対し、フグ毒の
それは、致死量に満たない約一・二四mgであることが認められるのであって、以上
認定した利佐子の死亡に至る経緯及びその際の利佐子の症状、とりわけ心電図
異常に示される特異性や推計される毒量に照らして考えると、利佐子が、致死量
を超えるトリカブト毒を服用し、アコニチン系アルカロイド中毒による急性心不全に
より死亡したことは明らかである。

 
そして、利佐子は、ホテルに到着した午後一時一五分ころには大量に発汗し、そ
のすぐ後に悪心、幅吐を訴えるなどしていたのであるから、午後一時一五分ころの
時点で既にトリカブト毒の中期の中毒症状を呈していたものと認められ、したがっ
て、初期の中毒症状が発症した時刻はこれより以前であったと考えられるが、全証
拠を検討しても、初期の中毒症状の発症時刻を確定することはできないから、証拠
上認定できるトリカブト毒の中毒症状の発症時刻としては午後一時一五分ころと推
定するのが相当である。

 
また、利佐子の死亡に至る経過にかんがみると、利佐子は、救急車で搬送途中
の午後二時一O分ころ、既に心肺停止状態に陥っており、病院に搬入された後、
直ちに装置された心電図上でも当初から心室細動を示しており、救急隊員及び医
師により、友人Aらの懇請もあって、その直後から約一時間にわたり心肺処置およ
び救急蘇生術が施されたが、一度も心肺機能を回復することなく推移したことから
、医師は右蘇生術の継続を断念し、施術を止めると同時に心電図がフラットになっ
たというのであるから、利佐子は、まさに心肺処置及び救急蘇生術により延命され
ていたものということができるのであって、心肺停止状態に陥った午後二時一O分
ころには、利佐子は、実質的には既に死亡していたものと理解することができる。
 
以上のとおり、利佐子がトリカブト毒を服用したことは明らかであるので、さらに、
その服用の方法につき検討すると、関係証拠によれば、トリカブト毒は、自然界に
おいてキンポウゲ科植物であるトリカブトにのみ存在するもので(日本における主な
自生種は、カラトリカブト、別名ハナトリカブト又はカブトギクと、オクトリカブト、ヤマ
トリカブト、エゾトリカブトの四種類である。)、人体における体内合成はあり得ず、
化学的にこれを合成することもできないこと、これを経口的にそのまま摂取すること
は、苦みと疲れの感覚からとても耐えられるものではなく、あえてこれを経口摂取
するとすれば、カプセルなどの媒介物(以下単に「カプセル」という。)を用いる必要
があることが認められる。そうすると、利佐子は、トリカブト毒をカプセルに詰められ
た状態で服用したものと推認することができる。

 
本件全証拠を検討しても、利佐子に自殺を疑わせるような証跡はなく、前述した
トリカブト毒の存在形態や、経口摂取が困難であることに加えて、関係証拠から認
められる沖縄県にはトリカブトがそもそも自生していないことや、また、前述したとお
り、利佐子の心臓血からはトリカブト毒のほかにフグ毒も検出されていることからす
ると、利佐子の服用したカプセルが人為的に作られたものであることは疑う余地の
ないところであると考えられる。そして、以上の事実に照らすと、利佐子が、誤ってト
リカブトを食したことも、これらの毒物の詰められたカプセルをそれと知りつつ過っ
て飲んだということも、到底考えられないから、利佐子について自殺ないし自ら又
は他人の過失により死に至ったということを考える余地はなく、利佐子は、犯人か
らトリカブト毒とフグ毒の入ったカプセルを交付され、カプセルに二つの毒物が入っ
ていることを知らずに、これを服用して死亡したものと考えるほかはなく、本件が情
を知らない利佐子を利用して同女を殺害した殺人事件であることは明らかである。
 
前述したとおり、本件は、トリカブト毒とフグ毒を詰めたカプセルを利佐子に交付
し、情を知らない利佐子を利用してこれを服用させて殺害したという殺人事件であ
るが、カプセルの交付及び服用につき、直接これを目撃した者は存在せず、被告
人も捜査・公判を通じて一貫してこれを否認しているので、殺人罪の成否を判断す
るに当たっては、犯人と被告人とを結び付ける間接証拠を検討することが必要である。
 そして、前述した利佐子の死亡に至る経緯のほか、その服用の方法に照らすと
犯人が利佐子にカプセルを交付する機会を有していたこと、及び利佐子を殺害す
ることにより何らかの利益を得るという犯行の動機を有していたことが、犯人像を
特定する上で重要な事実であることは疑いのないところである。しかも、事件にお
ける殺害手段の特徴は、その毒性において、自然毒の中で一位と二位を占めると
いわれているトリカブト毒とフグ毒という代表的な二つの毒物が用いられた点に存
するのであって、毒の研究者は別として、一般人が時を同じくして二つの毒物に関
わること自体が極めてまれであることからすると、トリカブトとフグを入手するのみな
らず、これらからトリカブト毒とフグ毒を抽出し、これらを所持・保管していたという事
実は、犯人を特定する上で極めて重要な事実であるということができる。また、前
述した服用の方法のほか、二つの毒物の数量的な組合せ方に有意の差を見い出
すことができることからすると、二つの毒物を入れるカプセルを所持し、二つの毒物
の毒性についても相当な知識を有していたという事実も、犯人を特定する上で欠か
すことのできない重要な事実ということができる。そして、一般人について、社会通
念上、毒物に関わるこれらの事実がすべて認められるということはほとんど有り得
ないことを考えると、ある特定の人物について、これらの事実が認められた場合に
は、その者を犯人であるとすることにつき、証拠法則上、既に合理的な疑いを容れ
ない程度に証明がなされたものということができる。
 
33-3 引用文 P71-P92
 
 殺人のための準備行為 (*)
 
被告人は、恭子が死亡した後、本来の住居とは別に、一九八一年一O月一日か
ら一九八三年九月三O日まで、東京都荒川区所在のコーポTを、同年九月一六
日から一九八五年一一月三一O日までは同都荒川区所在のアパートSをそれぞ
れ賃借する一方、この間の一九八一年一一月ころから翌一九八二年九月ころに
かけて、福島県西白河郡所在の山野草販売盾Kから、四、五回にわたってトリカブ
ト毒(以下「アコニチン系アルカロイドであるアコニチン、メサコニチン、ヒパコニチン、
ジエサコニチン」を総称する。)を含むキンポウゲ科植物のトリカブトの鉢植えを合
計六二鉢購入し、また、一九八四年三月ころから翌一九八五年秋ころにかけて、
神奈川県横須賀市で漁業を営むMから、六、七回にわたって、内臓に猛毒(テトロド
トキシン、以下「フグ毒」という。)を持つクサフグを一匹一000円の単価で合計約二
一OO匹購入した。また、被告人は、一九八四年七月以前から翌一九八五年一O、
一一月ころまでの問、東京都荒川区所在のJ薬局及び薬H店から、多量のメタノー
ル、エタノール及び薬剤入りカプセルを買い求め、また、これに先立つ一九八二年
六月七日と一九八三年三月二三日には、同都千代田区所在のT株式会社から、
濃縮用器械であるロータリーエパポレータlを一セットずつ二度にわたって購入し、
また、一九八二、三年ころ、同都練馬区所在の株式会社Nから、一回当たり五O匹
の実験用マウスを二、三回にわたって購入した。そして、被告人は、メタノール、エ
タノール及びロータリーエパポレータlを使用して、そのころ、前記アパートSなどに
おいて、購入したトリカブト及びクサフグからトリカブト毒及びフグ毒を抽出・濃縮し
これをマウスに投与するほか、なつ江にも投与してその毒性実験を行い、なつ江と
同棲を始めた後の一九八二年六月一六日からなつ江の死亡した一九八五年九
月三O日までの問、心臓病との診断の下に平塚胃腸病院、虎の門病院、国立高
崎病院及び金海循環器科病院と相次いで入・退院を繰り返していたなつ江の症状
をつぶさに記録し、毒物の人体に及ぼす影響について密かに研究を重ねていた。
 
トリカブト及びフグの購入
 
関係証拠によれば、被告人は、福島県西白河郡所在の山野草販売店Kから、
一九八一年一一月ころから翌一九八二年九月ころまでの問、四、五回にわたり
、鉢植えのトリカブトを合計六二鉢購入したこと、その内訳は、一九八一年一一月
二五日ころに六鉢、一九八二年七月二日ころから四日ころまでの間に一O鉢、七
月五日ころに一五鉢、八月下旬ころから九月中句ころまでに一括又は二回に分け
て三一鉢であることが認められ、また、関係証拠によれば、被告人は、神奈川県横
須賀市で漁業を営むMから、一九八四年三月ころから翌一九八五年秋ころまでの
間、六、七回にわたり、内臓に猛毒を持つクサフグを一匹一000円の単価で合計し
て約一二OO匹購入したこと、その内訳は、一九八四年三月ころに約三O匹、その
後間もないころに約六O匹、夏前に二OO匹ないし三OO匹、秋に約三OO匹、一九
八五年四月に二OO匹ないし三OO匹、六月ころにも二OO匹ないし三OO匹、歌ころ
に約二OO匹であることが認められる。
 
メタノール、エタノール、カプセル、エパポレ―ター、及びマウスの購入
 
まず、メタノール、エタノール及びカプセルの購入につき検討すると、関係証拠に
よれば、被告人は、東京都荒川区所在のJ薬局から、一九八四年七月以前から翌
八五年六月五日までの問、多数回にわたり、五OOml入りメタノール(燃料用で、白い
ポリ容器に入っており、ラベルにもその旨明示されている)を多数購入していたこと、
また、その間の一九八四年六月一六日から翌八五年六月五日までの約一年間
には、一九八四年六月一六日、六月二O目、一一月一目、一九八五年四月九日、
五月一O目、六月五日及び年月日は記載されていないがこのころと認められるも
のを含めて、七回にわたり、合計二六本の同様のメタノールを購入していたことが
認められ、また、関係証拠によれば、被告人は、これとほぼ時を同じくして、同都荒
川区にある薬H店からも、一九八五年一O、一一月ころまでの一、二年の聞に、数
回にわたり、五〇〇ml入り無水エタノール(消毒用で、茶色い半透明のガラス瓶《遮
光瓶》に入っており、ラベルにもその旨明示されている。)を購入したこと、さらに、風
邪薬のフルカントジン(二Oカプセル入り)及び強肝剤のレパゴルトV(六Oカプセル入
り)、鎮痛剤のパボランカプセル(一二カプセル入り)を週に一、二回の割合で購入し
ていたこと、そして、同年九月ころには、製造中止となった右パボランカプセルの在
庫品の全部七、八個をまとめて購入し、一度に一OO個近いカプセルを入手してい
たことが認められる。

 
次に、エパポレーターの購入についてみると、関係証拠によれば、被告人は、同
都千代田区所在のT株式会社から、一九八二年六月七日と翌一九八三年三月二
三日に、ロータリーエパポレーター一式を付属品と共に代金合計一四万九五OO円
及び代金合計一二万四八OO円で二回購入し、一九八二年七月九日には、ロータ
リーエパポレーターの部分品のガラスセットを代金二万六000円で購入していたこと
が認められる。

 
さらに、マウスの購入については、関係証拠によれば、正確な購入日時等を特
定することはできないものの、被告人は、一九八二、三年ころ、同都練馬区所在の
株式会社Nから、一回当たり五O匹の実験用マウスを二、三回にわたり購入したこ
とが認められる。右のうち、エパポレーターとマウスの購入については、被告人が、
本件業務上横領等の容疑で逮捕された後に、自ら進んで供述したことにより捜査
官に初めて判明し、具体的な購入先や購入した時期、数量、価格についてもいず
れ、も裏付けられるに至ったもので、秘密の暴露を含むものであり、この点に関す
る被告人の供述は信用できるものである。
 
トリカブト毒及びフグ毒の抽出・濃縮・保管
 
前記認定の被告人の居住関係並びにトリカブト、フグ、メタノール、エタノール及
びエパポレーターの各購入状況のほか、関係証拠を総合すると、次の事実を認め
ることができる。すなわち、トリカブトは、キンポウゲ科に属する多年生草木で、一
年の聞に、主根(烏頭)に子根(附子)が付き、秋ころにそれに芽が出て越冬し、春こ
ろその芽が成長して、やがて主根になり、七月から八月ころ開花するという成育過
程をたどり、根、葉及び茎にトリカブト毒たるアコニチン、メサコニチン、ヒパコニチン
、ジエサコニチンなどを含んでおり、その毒性は、根に含まれるものが一番強く、メ
サコニチン、ジエサコニチン、アコニチン、ヒパコニチンの順に強い。トリカブトの根
から毒物を抽出する場合には、烏頭が四、五、六月と経時的に毒の含量を減らし、
附子はその反対に毒の含量を増やすので、烏頭なら春先、附子なら秋口が望まし
く、有機溶媒であるメタノール又はエタノ-ルに漬けることにより容易に抽出でき、こ
れを刻むとさらに効率的であり、また、加熱することにより濃縮も可能であるが、
実験室で通常使用する濃縮用器械であるエパポレーターを使用すると、より効率的
に濃縮でき、これを乾燥して粉末化することも可能である。また、密閉した容器に入
れ、かつ、冷蔵庫に入れて保管すると、三年ないし五年間位もその毒性を維持し
て保存することができる。

 
クサフグは、通常三Ogから七Ogの体重を持ち、フグ毒であるテトロドトキシンを
含んでいる、が、肝臓などに含まれるフグ毒は猛毒で一g当たり一OOOMU以上、
皮に含まれるそれは強毒で一g当たり一OOMU以上の毒性を有している。一MUと
は、体重二Ogのマウスを三O分で殺す最少致死量を言い、純品一mgは耳かきの
大体半分位の量で、ヒトの最少致死量は、体重五〇kgの男性で一OOOOMUであ
り、純品で約二mgである。クサフグから毒物を抽出する場合には、一か月ないし数
か月、その肝臓等を有機溶媒であるメタノール又はエタノールに漬け、その上澄み
を取るという方法により容易に抽出することができる。そして、これを繰り返すことに
よって濃縮したものを得ることができ、また、抽出した毒物を保存するには、これが
抽出液の状態であればかなり安定した状態で保存することができる。なお、メタノー
ルを使った場合には、爽雑物はかなり少ないものの、効率が良くなく、回収率は五
O%にも達しないが、濃縮用器械であるエパポレーターを使用すると、効率的に濃
縮することができ、猛毒で爽雑物が少ないものであれば粉末化することが可能である。

 
被告人は、コーポTを使用していた期間中の一九八一年一一月二五日ころにト
リカブト六鉢を購入していたが、一九八二年六月七日にエパポレーダー一式を付
属品と共に購入し、これに近接する七月一一日ころから五日ころまでの聞にトリカ
ブト合計二五鉢を買い求め、その直後の七月九日には、エパポレーターの部分品
であるガラスセットを購入し、その後の八月下旬ころから九月中旬ころまでの間に
一括して又は二回に分けてトリカブト三一鉢を買い求め、さらに、翌一九八三年三
月二三日には、エボパレーター一式を付属品と共に再度購入し、また、三年ころ、
一回当たり五O匹の実験用マウスを二、一二回にわたり購入していた。そして、一
九八五年六月から八月ころ、当時被告人が居住していた池袋のマンションSTの南
西側ベランダには、トリカブトの鉢植えが玉、六鉢置かれており、また、被告人は、
購入したエパポレーターをその後大阪のGハイツに運び入れ、ここを引っ越しする
までこれを所持していた。

 
被告人は、アパートSを使用していた期間中、前述したとおり、いずれもクサフグ
を一九八四年三月ころに約三一O匹、その後問もないころに約六O匹、夏前に二
OO匹ないし三OO匹、秋に約三OO匹、一九八五年四月に二OO匹ないし三OO匹、
秋ころに約二OO匹、以上合計約一二OO匹購入し、また、薬局から、いずれも五
OOml入りのメタノールを、少なくとも、一九八四年六月一六日に四本、一一月一日
に玉木、一九八五年四月九日に玉木、五月一O日に六本、六月五日に六本の合
計二六本を購入し(なお、毒物及び劇物譲受書の中に本数の記載のないものが二
枚存在するが、時期的にこの期間中と考えられる上、右の購入本数をも考えると、
さらに一O本程度を購入しているものと推認される。)、さらに、これと並行して五
OOml入りのエタノールを多量に購入し、精製水も購入していた。

 
ところで、一九八八年七月一日、捜索差押許可状により、被告人が使用してい
たアパートSの畳六枚(但し畳表は取替え済み)が押収され、これを切断した上、内
三枚についてエタノールによる抽出作業を行い、一九九一年三月一五日付けでM
教授らに対し右畳三枚の畳ワラ及び畳三枚のエタノール抽出液等からトリカブト毒
が検出されるか否か等についての鑑定嘱託がなされたところ、M教授らは、同年一
O月一四日、窓際北端に位置する畳一枚の畳ワラのエタノlル抽出液及び西側流し
台脇に位置する畳ワラから、それぞれ、メサコニチンが定性で検出された旨の
鑑定書を提出した。

 
また、一九九一年一月二二日、被告人が居住していたマンションEWを退去する
際、被告人からその使用にかかるカーペット二枚(肌色のものとピンク色のもの)の
処分を任された者から任意提出を受けた捜査機関がこれを切断した上、同年三月
一五日付けでM教授らに対し右カーペットの切れ端からトリカブト毒が検出される
か否か等の鑑定嘱託をしたところ、M教授らは、同年一O月一四日、肌色カーペッ
トの切れ端からメサコニチンが定性で検出された旨の鑑定書を提出した。

 
次いで、一九九一年七月二O目、捜索差押許可状により、被告人が居住してい
たシャトーSの冷蔵庫から密封蓋付ガラス瓶二個等が押収され、一九九二年八月
三一日付けでM教授に対し右密封蓋付ガラス瓶二個からトリカブト毒が検出される
か否か等の鑑定嘱託がなされたところ、M教授は、一九九三年一一月一O目、右
密封蓋付ガラス瓶のうち一個からヒパコニチン、メサコニチン及びアコニチンが定
性及び定量で検出された旨の鑑定書を提出した。

 
エパポレーターの仕組みとその使用方法は、次のとおりである。すなわち、エパ
ポレーター一式は本体とガラスセットからなり、ガラスセットは、試料導入管、冷却
器、丸底フラスコ、なす底フラスコ、センタージョイントからなり、これが壊れた時に
は、その部分だけを買い求めることができる。また、その付属品としては、ウォータ
ーパス、サポートジャッキー、アスピレーターなどがあり、これを本体とセットで購入
して使用することとなるが、大学の薬学部や製薬会社等の研究機関が主なユーザ
ーであって、一般人が買うことはほとんどない。エパポレーターは、減圧しながら加
熱することによって試料を濃縮する器械であり、通常、アスピレーターの太管(突入
口)を水道の蛇口にホースで繋ぎ、その横の細管を冷却器に繋ぎ、水道を全開して
その水圧により真空状態を作り出し、冷却器、なす底フラスコ及び丸底フラスコ内
の空気を抜いて減圧し、有機溶媒と抽出液をなす底フラスコの中に入れ、これを精
製水又は蒸留水の入ったウォーターパスの中に漬け、これを回転させながらウォ
ーターパスで加熱するという方法により使用するが、試料によって温度はまちまち
であり、減圧、加熱及び回転がうまく噛み合わないと効率的な濃縮はできない。一
回に使用する有機溶媒の量は、抽出液と一緒に入れるものと濃縮液を取るときに
使うものを含めると四OOM前後で、水道は全開状態で二O分から三0分間使用し
(通常の家庭用の水道を一時間全開状態で使用すると約六3mになる。)、使用する
電気料は、本体が一A、ウォーターパス五Aの合計六Aである。なお、減圧するため
も、冷却するためにも水が必要であるが、水道の蛇口、が一個であっても、水道に
二股管を付けるか、アスピレーターの太管(突出口)にチューブを付けることによって
使用することができる。

 
被告人がアパートSを使用していたころ、アパートSには五、六所帯が居住してい
たが、一所帯を除いてはいずれも単身者であり、被告人を含めて二所帯がルーム
クーラーを使用し、電気(許容量は三OA)及び水道は共同で使用していた。アパー
トS全体の水道使用量は、一九八五年八月から一一月までの四か月間のそれが
三四五m3、前年同期のそれが三O五m3、前々年同期のそれが二七八m3であり
、また、アパートSにおいては、一九六八年ころ以降一階にある共同ヒューズが飛
んだことはなかったが、被告人は、一九八四年又は一九八五年の夏ころ、二度に
わたって共同ヒューズを飛ばし、この時には、他に二人の住人しかいなかった。

 
以上の事実を認めることができる。そこで、以上認定した事実を前提として検討
すると、いずれも被告人が一人で使用ないし居住していたアパートSに敷かれてい
た窓際北端に位置する畳一枚の畳ワラのエタノール抽出液及び西側流し台脇に
位置する畳一枚の畳ワラ、また、マンションEWで使用していた肌色カーペットの切
れ端、並びにシャト-Sの冷蔵庫内の密封蓋付ガラス瓶から、いずれもトリカブト毒が
定性ないし定量で検出されたことからすると、少なくとも、被告人が、アパートS及び
マンションEWにおいて、ガラス瓶などに入れてトリカブト毒を所持、保管していたこ
とは明らかであって、また、被告人がGハイツを借用した時期がその中間にあたる
ことを考えると、ここにおいても、同様に所持、保管していたものと推認することがで
きる。そして、右の事実のほか、被告人がアパートSを退去してから約二年経過後
に押収された西側流し台脇に位置する畳ワラからトリカブト毒が検出されたことか
らすると、被告人が、アパートSにおいて、保存の前提となるトリカブト毒の抽出を手
掛けたこともまた推認するに難くないというべきところ、被告人が、アパートSを借用
していた期間中、トリカブトの鉢植えを少なからず所有し、また、専ら研究者が使用
し、一般人が通常購入することのないエパポレ-タ-を二式所持し、有機溶媒として使
用されるエタノール及びメタノールを多量に購入したほか、精製水も購入し、また、
これと符節を合わせるかのように、一九八五年八月からの水道使用量が、前年な
いし前々年同期に比して四Oないし六七3mも増加し、二度にわたって共同ヒューズ
を飛ばしたことなどを併せ考えると、被告人が、一九八五年夏ころには、エパポー
ターを使用してトリカブト毒を抽出ないし濃縮していた事実も推認することができる
というべきである。さらに、トリカブト(附子)の含量が経時的に増える六月にエパポ
レーター一式をセットで購入し、その毒量の進む夏から秋口にかけて合計五六鉢
に及ぶトリカブトを注文して入手し、また、このころにエパポレーター部分品である
ガラスセットを買い求め、そのころ実験用マウスまで購入していることに照らすと、
有機溶媒購入の事実についての裏付けはないものの、被告人が、コーポTにおい
ても、一九八二年六月ころから、エパポレ-タ-を使用してトリカブト毒を抽出ないし
縮していたこともまた、推認できるというべきである。

 
次に、フグ毒の抽出ないし保管について検討すると、被告人が使用ないし居住
していた住居から、被告人がフグ毒を所持ないし保管していたことを直接窺わせる
証拠は見当たらないけれども、被告人が購入したフグの数量が極めて多量である
こと、この時期に被告人は既にエパポレー夕―二式を所持し、クサフグを入手した
一九八四年の夏、秋及び翌一九八五年四月、六月ころ、いずれも四本ないし六本
位ずつメタノールを買い求め、また、エタノ-ルや精製水も購入するなど、エパポレ
-タ
ーを使用するための条件が整った状態にあったこと、クサフグは生物であって、
培可能なトリカブトと異なること、クサフグの肝臓などに含まれるフグ毒は猛毒であ
り、メタノールを使用した場合には回収率が少ないものの、粉末化することもできる
こと、そして、関係証拠からは、被告人が、クサフグを購入する際、漁業を営むMの
息子らにクサフグから取れる毒の量について耳かき一杯か二杯しかないなどと具
体的に説明していたことが認められることなどを併せ考えると、被告人が、フグを購
入した当初から有機溶媒を使ったフグ毒の抽出に着手し、アパートSにおいて、エ
パポレーターをも使用するなどして、集中的にフグ毒を抽出ないし濃縮していたこと
も推認するに難くない。そして、これら自ら手間暇かけてわざわざ抽出した毒物(液
体ないし粉末)を保存するということは極めて自然な行為であるといってよいから、
そうだとすると、トリカブト毒と同様に、抽出したフグ毒を被告人はガラス瓶などに入
れてこれを保存し、転居先のGハイツにおいて、もこれを所持していたものと推認す
ることができる。

 
以上認定した事実によれば、被告人は、コーポT及びアパートSにおいてトリカ
ブト毒を抽出し、また、アパートSにおいてフグ毒を抽出し、こうして抽出したトリカブ
ト毒及びフグ毒をガラス瓶などに入れて保存し、その後、大阪に転居した後はGハ
イツにおいても右各ガラス瓶などを所持・保管していたものと認めることができる。
 
ところで、被告人自身も、一九八二年六月に薬H店で購入したエタノールを使用
してトリカブト毒を抽出し、アパートSにおいてもトリカブト毒を抽出し、一九八五年
五月ころにはフグ毒を抽出し、Gハイツではトリカブト毒とフグ毒の各抽出液を瓶に
入れて保存し、その後もこれを持ち歩き、マンションEWでもこれを保存していたなど
供述して、トリカブト毒とフグ毒を抽出し、これを保管していたことを認める旨の供述
をしているのであり、右供述は、前記認定に合致する範囲で十分信用することがで
きるというべきである。
 
トリカブト毒及びフグ毒の毒性実験並びにこれらについての被告人の知識の程
 
被告人が、コーポTにおいて、一九八二年六月ころから、エパポレーターを使用
してトリカブト毒を抽出ないし濃縮していたことは前述したとおりであり、トリカブト毒
の毒性を調べるため、実験用マウスを使って動物実験を行っていたことも、マウス
購入の時期・回数・数量に照らして、合理的な第一審判決が描く殺人行為の全容
疑いを容れないところである。

 
そこで、次に、なつ江に対する毒性実験の有無について検討を加える。前述した
とおり、なつ江は、一九八一年一一一月ころから、被告人とマンションSTで同棲を
始めたものであるが、関係証拠によれば、なつ江は、そのころから健康を損ない始
め、以後、一九八五年九月三O日に死亡するまでの問、入・退院を繰り返していた
ところ、なつ江の入院時期及び当時の症状は、次のようなものであったと認められ
る。すなわち、なつ江は、一九八二年六月一六日、悪心、上腹部不快感を訴えて
平塚胃腸病院に入院したが、房室守フロック、ST低下などの心電図異常が認めら
れたことから、同月一八日、救急車で虎の門病院に転院し、ここでも高度房室ブロ
ック、洞停止などの心電図異常が認められたが、その後軽快し、同年七月一一日
、退院した(以下「第一次入院」という。)

 
なつ江は、一九八三年二月一五日午前九時四五分ころ、舌先・口唇の疲れ、流
誕を訴えて虎の門病院に入院し、多源性心室性期外収縮などの心電図異常が認
められたが、昼ころには洞調律に戻り、同月一九日、退院した。なお、その際、担
当医師は、「ドラッグの副作用あり」「ドラッグは ? 漢方(+)」と診療録に記載して
いる(以下「第二次入院」という。)。

 
その後、なつ江は、同年五月二三日から三O日まで虎の門病院に検査目的で
入院し、心臓の筋肉の一部を切り取って行う心筋生検検査を受け、同年九月一一
日から一七日まで聖路加国際病院に検査目的で入院しているが、いずれも特段
の異常は認められなかった。
なつ江は、一九八四年六月一回目、口唇・四肢の痩れ、起立不能を訴えて国立
高崎病院に入院したが、心電図異常は認められず、同月一六日、退院した(以下
「第三次入院」という。)。

 
なつ江は、一九八四年七月九日午後一一時ころ、四肢の疲れ、起立不能を訴
えて虎の門病院に来院し、翌一O日に入院し、当初は心電図異常は認められなか
ったが、翌一一日午前一一時四五分ころ、呼吸停止にまで至り、これがその日のう
ちに回復した後、一三日午後九時一五分ころ、心室性期外収縮・心室頻拍・多源
性心室性期外収縮などの心電図異常が認められたが、翌一四日早朝には桐調律
に戻り、同月二二日、軽快して退院した。なお、入院中、担当医師は、なつ江がドラ
ッグを持っていないかどうか被告人から聴取しており、被告人からの回答として、
「探しても(ドラッグは)なかった」と診療録に記載している(以下「第四次入院」という。)。

 
なつ江は、一九八四年一一月二二目、口唇・手足の癒れ、悪心を訴えて虎の門
病院に来院し、即日入院し、翌二三日午前四時四O分ころ、呼吸停止を起こし、同
日午後一時心室細動の心電図異常が認められたが、午後一時一五分にはこれが
消失し、同年二一月一一日退院した。なお、この際、担当医師は、「ドラッグによる
ことが最も考えられるが証拠がない」と診療録に記載している(以下「第五次入院」
という。)。

 
なつ江は、一九八五年九月三O日午前二時二O分ころ、金海循環器科病院に
救急車で運び込まれて入院し、午前八時ころに房室ブロックが出始め、午後五時
一O分ころ心室性期外収縮などの心電図異常が出現した後、ペースメーカーが装
着されたが、同日午後一O時一六分死亡した(以下「第六次入院」という。)。
なつ江の入退院の経過と当時の症状はおおむね以上のとおりであったと認めら
れるが、これによれば、なつ江の虎の門病院への各入院時において、既に担当医
師らはなつ江の病状について薬物使用の疑いないし薬物による中毒の疑いを抱
いていたことが窺われるところ、この点につき、大阪大学医学部教授S(以下「S教
授」という。)は、虎の門病院及び金海循環器科病院などで作成されたなつ江の診
療録を検討した上で、第一次及び第二次入院時におけるなつ江の症状は、普段
は何の異常もないのに、悪心などの自律神経の異常と房室ブロック・多源性心室
性期外収縮などの心電図異常が、突然出現しては突然消失しており、しかも、極
めて激しい異常であったのに、その後の心筋の検査でも何の異常も認められなか
ったことが特徴であり、このようなことは通常の疾病ではあり得ないことで、一過性
の毒物中毒としか考えられず、その心電図上の異常所見はトリカブトの典型的な
中毒症状であるから、トリカブト中毒であると考えられるとし、第三次ないし第五次
入院時におけるなつ江の症状は、前と同様の特徴を有するほか、その症状は複雑
になっており、一方では、第三次入院時のそれが起立不能になりながら何の心電
図異常もなく、第四次及び第五次入院時のそれも呼吸停止になりながらも何の心
電図異常がなかったことからすると、これらはトリカブト中毒とは考えられず、心電
図異常がなく、口唇・四肢の痩れ・呼吸停止などの症状が現れていることを考える
と、呼吸痲痺のほか運動痲痺を起こさせる毒物であるフグ中毒であると考えられる
とし、他方で、第四次入院時のそれが呼吸停止の回復後に多源性心室性期外収
縮・心室頻拍などの心電図異常が見られることからすると、これはトリカブト中毒で
あると考えられるとし、第四次及び第五次入院時における呼吸停止や心電図異常
が生じた時間からみると、入院期間中にフグ毒とトリカブト毒が投与されたことは疑
う余地がないとし、また、第六次入院時のなつ江の症状にも一房室ブロック及び心
室性期外収縮などの心電図異常が認められるとしているのであるが、S教授の右
供述は、フグ毒ないしその中毒症状について長年研究を重ねて専門的学識を有し
、かつ、瀕死の中毒患者に対する救急医療に長年携わって豊富な臨床経験を有
する同証人が、なつ江の診療録に即して、それぞれの入院時に認められる心電図
異常の種類及びその出現と消失の経過や状況、また、呼吸停止の発生と回復の
経過や状況、さらに、なつ江の自律神経異常の症状などをつぶさに検討した上で
判断されたもので、専門的知識に裏付けられた十分に信用性の高いものと考える
ことができる。しかも、被告人は、S教授がトリカブト毒が初めて投与されたと指摘す
るなつ江の第一次入院当時には、時期的には既にエパポレーターを購入し、これ
を使用してトリカブト毒の抽出ないし濃縮を行っており、また、フグ毒が初めて投与
されたと指摘するなつ江の第三次入院時当時にも、既にクサフグを購入してフグ毒
の抽出作業に着手し、エパポレーターをも使用してフグ毒の抽出ないし濃縮を行っ
ていたものである上、S教授が入院期間中に二つの毒物が投与されたと指摘する
第四次入院時の一九八四年七月一三日には、被告人は午後五時になっ江に面会し、
午後七時ころに病院を出たが、それから約二時間一五分後の午後九時一五
分ころに
トリカブト毒の中毒症状と認められる心室性期外収縮などの心電図異常
が現れており、
また、第五次入院時の同年一一月二三日には、被告人は、午前一
時ころから午後
零時ころまで病院内にいたが、その聞の午前四時四O分ころには
なつ江にフグ毒の
中毒症状と認められる呼吸停止が発症し、また、午後一時ころ
にはトリカブト毒の
中毒症状と認められる心室細動の心電図異常が現れているの
であって、この間、
いずれも被告人はなつ江に対して毒物投与の機会を有していた
ということができる
のであるから、こうした事実を総合すれば、被告人が、トリカブト
毒及びフグ毒の毒性
を調べるために、妻のなつ江に対しても、これを投与して毒性
実験を行っていたことが
推認されるところである。

 
加えて、被告人は、利佐子死亡後の一九八六年七月中旬ころから始まった被告
人に対する妻殺しの疑惑の報道に対し、その疑問に答える形で、同年一一月ころ
までに全文四七頁に及ぶ手記を完成させ、その七分の一に当たる七頁を割いてな
つ江の病状を記載しているのであるが、被告人の供述によると、これを記載した当
時、被告人の手元にあった資料となるべきものは、恭子、なつ江及び利佐子の死
亡診断書ないし死体検案書、なつ江が入院した虎の門病院、聖路加国際病院、国
立高崎病院及び金海循環器科病院の入院料請求受領書等の書類だけであったと
いうのであり、これらの資料からは、せいぜいなつ江の死因や入・退院の時期・病
院名などはこれを知ることができるというものの、それぞれの各入院当時になつ江
が示した症状やその推移・経過などの詳細を知ることはできないはずであるのに、
被告人は、前述のとおり七頁にわたり、それぞれ入院した当時のなつ江の症状や
症状の推移及びその際受けた医師からの説明などについても、専門用語も苦にす
ることなく克明に記載しているのであり、その内容を見ても、先に認定したなつ江の
症状及び症状の推移の経過がほぼ正確に記されていることが認められるのであっ
て、なつ江が入退院を繰り返していたのが、被告人が手記を執筆した当時から一
年ないし五年も以前の出来事であることを考えると、被告人は、なつ江の入院当時
の症状やその推移・変化に強い関心を抱き、これらをつぶさに記録に残していたも
のと推認することができる。

 
そして、関係証拠によれば、被告人は、なつ江の発作の原因がなかなか分から
ないということで、心臓病の専門書を買って一生懸命勉強し、「心電図の見方・読
み方」、「循環器疾患についての薬剤の選び方」との表題のいずれもハードカバー
で箱に入った高価な書籍を持っていたことが認められるところ、手記の中でも、
被告人は、恭子の病状の二度目の入院のところでは、「一九八一年五月、当時は、
まだ、私は心臓病について知識が無く、除脈・頻脈・欠脈等、どの種類の不整脈か
は判断はつかず、ただひどい脈の乱れ位にしか思えませんでした」と記載している。
その後にはこのような記載はなく、なつ江の第一次入院時のところでは、「やはり
不整脈が出たので、再度、同病院(平塚胃腸病院)に連れて行き入院させました」と
記載し、なつ江の第二次入院時のところでは、「先生は、心臓周辺の図を書いて示
し、『私は、今回の発作は心伝導系の病気だと考えている。心臓が鼓動すると、洞
結節から心一房結節に信号を送り、それが各心筋細胞に伝わって規則正しい運
動をするが、その伝導系に異常を生じたと見ている。但し、良く検査しないとはっき
りした結論は出せません」との趣旨でした。素人が聞いて理解した事ですから、ど
の程度真意を理解出来たか疑問ですが、私もその図を見ながら、なつ江の説明を
聞き、理解できました」と記載し、さらに、なつ江の虎の門病院への最後の入院とな
る第五次入院時のところでは、「先生から「私は睡眠薬自殺をした人が、これと同じ
ような状態になったのを見た事がある』と聞かされ怒りを覚えました。なつ江にも睡
眠薬の話をしましたところ大変怒りました。二人で相談し、先生に『費用は総て私達
で負担しますから徹底的に検査し、その疑いを晴らしてください』とお願いしました。
それからは、私もなつ江も先生を見かけると、発病の原因が明らかになったかを執
拗に聞くようになり、先生も当惑している様子でした。退院に際し、先生は、発病
の原因について、「あらゆる検査をしたが、どうしても原因がわかりません。私達の
勉強不足で大変申し訳ない」と頭を下げられた」とまで記載し、なつ江の病状につ
き薬物による影響を疑いながらも確たる証拠がないと言って判断に苦慮する虎の
門病院の担当医師の姿を記しているのであって、こうした医師による専門用語を使
った説明をも、難無く書きこなしている記載があることに照らすと、被告人は、なつ
江の第二次入院当時には、既に不整脈ないし心臓病について相当程度の知識を
持つに至っており、その後も自らの学習ないし研究によりさらに知識を深めていっ
たことは推認するに難しくないところである。また、関係証拠からは、被告人が、漁
業を営むMの息子らに対し、「フグの毒はテトロドトキシンといって、リュウマチや神
経痛によく効く薬が採れる。フグ毒で死なせる医者はやぶ医者だ。酸素呼吸さえす
れば死ぬことはない」などと語っていたことも認められるのであり、こうした事実に照
らして考えると、被告人は、フグ毒についてもそれなりに学習ないし研究していたこ
とが推認されるのである。

 
以上の事実を総合すると、被告人は、トリカブト毒及びフグ毒の毒性を調べるた
めに、なつ江に対しても、これを投与してなつ江の症状を観察・記載して、これを書
籍等で確認するなどして、密かに学習・研究していたことが推認されるのであって、
こうした学習・研究の過程で、被告人は、手記にも記載されているように、症状が
発症するまでの時間のほか、トリカブト毒を投与した時には不整脈が出るのに、フ
グ毒を投与してもこれが出ないことを知ったものと考えることができる。
 
利佐子に対するカプセル投与
 
被告人が、利佐子に対してカプセルを投与していたことにつき検討すると、関係
証拠によれば、次の事実を認めることができる。利佐子は、一九八六年三月二O
目、大阪市城東区所在の住居TRピルを訪れたT生命保険相互会社の外交員Tに
対し、「鼻血が出る。主人が薬をくれるから、それを飲んでいる」と語り、三一月二
八日から四月三一日までの問、TRピルで面談したD生命大阪東支社Oに対し、
「少々貧血気味なので、時々薬を飲んでいる。白いカプセル。彼が特別に手に入れ
てくれる薬。これを飲むと効く」と説明し、四月ころ、雀荘「ピンコロ」で、「あっ、忘れ
ていた」と言ってバッグから白いカプセルを出し、一緒にいた友人Aに、「神谷が調
合してくれた栄養剤」と言ってこれを飲み、四月半ばころ、友人U子に対し、「神谷が
くれる薬を飲んでいる。強壮剤をカプセルに入れて渡してくれる。神谷が私のため
に調合している。東京に行ったらこれを飲みなさいと言われ、来る度に渡される。結
構効くのよね」と語り、五月三日、池袋のマンションSTで、バッグからチリ紙に包ん
だ白っぽいカプセルのような物を出して友人J子に見せ、「神谷、が作ってくれた薬
。疲れた時に飲む薬」と説明し、五月中旬ころ、新宿のライブハウスで、バッグから
カプセルを数個出し、知人のTに対し、「彼(神谷)がカプセルにわざわざ薬を詰めて
手渡してくれる。彼から飲むように言われて最近飲んでいる。強壮剤のようなもの。
手持ちが少なくなってきたから、また彼に作ってもらわなくちゃ。せっかく私のために
作ってくれるんで飲まなくちゃ」などと話して、白いカプセル一個を飲んでいた。

 
これらの事実によれば、利佐子が遅くとも一九八六年三月ころから、被告人から
交付されたという白色カプセルを継続的に服用していたことを認めることができる。
そして、利佐子の言動からは、被告人が、わざわざ利佐子のために調合し、交付
の際には栄養剤ないし強壮剤と説明していたことが窺われ、また、利佐子がこれ
を効く薬と信じて服用していたことも認められるところである。

 
なお、関係証拠によれば、利佐子は、三月中旬ころ、友人Aに電話で、「私って
バリケードかと思ったら、結構デリケートだった。鼻血が出たり下痢したりする」など
と語り、四月半ばころ、友人U子に、「疲れやすい。夜眠れない。下痢・吐き気はす
るし、寝汗をかいたり鼻血が出て、トイレも近い」などと訴え、四月二七日からの二
泊三日の北海道旅行では、パスが止まる度に便所に駆け込み、五月三日、友人J
子にも、「最近疲れて体がだるい」とこぼし、五月一四日には、友人Bに「おしっこ、
止まらないのよね」と話しながら、午後六時ころから午後一一時ころまでの間に一O
回以上便所に行き、ひどい時には五分から一0分間隔で便所を利用していたこと
が認められるのであって、利佐子の健康に少なからぬ異変が生じていたことも認め
られるところであり、一時的な現象ではあるものの、利佐子が、白色カプセルの服用
と並行して、身体の異常を訴えていた事実も窺われるところである。
 
大阪における毒性実験
 
被告人が、一九八二、三年ころ、トリカブト毒の毒性を調べるため、そのころ購入
した実験用マウスを使って動物実験をしたことは、前述したとおりであるところ、被
告人が、一九八六年四月二六日に再びマウス五〇匹を購入しており、当時、被告
人が、Gハイツでトリカブト毒とフグ毒をガラス瓶などに入れて保存していたことから
すると、ここでも、トリカブト毒とフグ毒を使って動物実験をしたことは推認するに難
くない。加えて、当時、被告人が大阪でエパポレlタlを持っていたことは、被告人の
捜査段階の供述から明らかであり、関係証拠によれば、Gハイツの水道使用量が
、一九八六年三月一五日検針分が三討、五月二O日検針分が二三m3七月一O
日検針分が一m3で、四、五月分の水道使用量が隔絶して多いこと、そして、その
当時、被告人がGハイツの居室で使用していたのと同じ容量の浴槽に、入浴する
場合の通常の水道量を入れて実験したところ、二三m3というのはおよそ三九回分
の入浴に相当するという結果が得られたことが認められるのであって、エパポレー
ターを使用する場合には、一回あたり、水道を全開状態で二O分ないし三0分間使
用する(通常の家庭用の水道を一時間全開状態で使用すると約六m3になる。)こと
になることからすると、被告人が、マウスを購入したころ、エパポレーターを使用し
てトリカブト毒とフグ毒の濃縮を行った事実も、優に推認し得るというべきである。
 
被告人は、生命保険の申込みに奔走するのと並行して、沖縄・石垣島旅行の話
をまとめて、六年四月一六日、利佐子と同女の友人三人の航空券や宿泊の予約
手続を済ませるなどして旅行の準備を進め、また、その一方で、利佐子が元の職
場の同僚と北海道旅行のため一週間ほど大阪を不在にする期間を利用して、同
年四月二六日大阪府摂津市内所在のA届からマウス五O匹を購入したうえ、Gハイ
ツにおいて、かねてより所持し、保管していたトリカブト毒とフグ毒をマウスに投与し
て最終的な毒性実験を行い、先に描いた利佐子の殺害計画の準備を遂げた。そし
て、被告人は、同年五月一九日、トリカブト毒とフグ毒を詰めたカプセルを用意して
、利佐子と共に大阪から空路沖縄に渡り、那覇市内のTホテルに投宿した。
 
引用文 33-4 P93-P100
 
  被告人の弁解は理由がない (*)
 
当裁判所は、本件がトリカブト毒とフグ毒を詰めたカプセルを利佐子に交付し、
情を知らない利佐子を利用してこれを服用させて殺害したという殺人事件であり、
カプセルの交付および服用につき直接証拠がないことから、前述した犯人と被告
人とを結び付ける事実について、証拠を検討してきたが前記で認定・説示したとお
り、被告人には、犯人としてこれを特定する上で重要な事実をいずれも認めること
ができるから、被告人が利佐子を殺害した犯人であることは明らかであって、証拠
上、合理的な疑いを容れない程度にまで犯罪の証明がなされたものというべきである。
すなわち、間接事実を総合すると、本件犯行の経緯及び犯行状況は、次のよう
なものであると認められる。

 
被告人は、かねてより、トリカブト及び、フグを購入するに止まらず、これらからト
リカブト毒及びフグ毒を抽出・濃縮し、これらの毒物につき動物ないし人体を使って
毒性実験を長期間にわたり繰り返し、これを記録し、さらに専門書等で確認して学
習ないし研究してきたものであるところ、P社を退職した後は、定職に就かず、無収
入となったが、その一方で、遊蕩三味の日々を重ねたため、経済的に窮乏し、その
ため金員欲しさから、保険金目的の殺人計画を企て、それまで他人に語ってきた
自己の虚偽の職業や収入に加えて、新たに食品会社設立という架空の話を作り
出し、話に現実性をもたせるために大阪に新たな事務所と称するマンションを借り
、名刺を作り替えるなどして小道具を整え、その上で女性を物色して利佐子に狙い
を定め、苦労して金策しながら、さも資産があるかのように装って、金にものを言わ
せて同女の歓心を買い、同女を有頂天にさせて結婚を決意させ、二つの毒物を持
って大阪に転居したが、経済的にいよいよ行き詰まって早期に金員を手に入れる
必要が生じるや、殺害計画を早急に実行に移そうと考え、殺害後の死体の処理が
速やかに行われることを考えて、沖縄に仕事があるなどと言って、温暖で医療体制
の十分でない離島旅行に利佐子を誘い、利佐子との婚姻届を済ませた上で、老後
の保障などと称して利佐子に保険加入の話を始め、食品会社の設立とその経営
に参加することに伴って加入すると称して保険に加入する必要を説き、また、これ
と並行して、旅行先で二つの毒物を詰めたカプセルを服用させて殺害すべく、その
ころから、利佐子のためにカプセルを調合し、これを栄養剤などと称して利佐子に
服用させて同女のカプセルへの警戒心を解き、利佐子が被告人の言う保険に加
入することを決意するや、自ら、次々と保険会社を訪れてそのうち四社との間で死
亡保険金一の取得に主眼を置いた生命保険に利佐子を加入させ、自分の仕事を
口実に沖縄まで同行すると称して利佐子のために石垣島旅行の予約を行い、利
佐子の不在を利用してトリカブト毒とフグ毒をマウスに投与して動物実験を行い、こ
れらの毒物を詰めたカプセルを準備・携帯して利佐子と共に沖縄に渡り、利佐子と
那覇空港で別れるまでの聞に、同女に右毒物を詰めたカプセルを交付し、カプセ
ルに右毒物が詰められていることを知らない利佐子にこれを服用させ、本件犯行
に及んだものである。

 
ところで、本件は、利佐子を道具として利用する殺人の間接正犯であり、カプセ
ルの交付及び服用につき、直接これを目撃した者が存在せず、証拠調べを尽した
時点においても同様であって、カプセルの交付及び服用の日時、場所及び方法に
つき、これを詳らかにすることのできない特殊な事情があるところ、被告人と利佐子
の犯行当日の行動に照らして考えると、利佐子が石垣島に到着した後にカプセル
を服用したことを窺わせる証拠は全くないから、服用の終期としては南西航空機が
石垣空港に到着するまでの時点であると考えられ、他方、被告人は、利佐子と共
に犯行前日に来沖し、犯行当日の午前一一時四O分過ぎころまでの問、終始利佐
子と行動を共にしているが、交付されたカプセルが、通常のそれと異なり、トリカブト
毒とフグ毒の詰められた特殊なもので、殺害の手段として用いられるものであるこ
とを考えると、犯行前日にカプセルを交付したとは考え難く、したがって、犯行当日
の朝起床後から利佐子と別れた午前一一時四O分過ぎころまでの間に交付したと
認めるのが相当である。
 
以上のとおり、被告人が本件犯行を行ったことは明らかであるが、被告人種々
弁解をしているので、以下、若干検討を加えておくこととする。
 
発症まで二時間は推認できる (*)
 
まず、被告人は、利佐子が服用したとされる時間から症状が発症するまでの時
間が余りにも長く、利佐子に症状が発症した時点では、自分は利佐子と一緒にい
なかったので、仮に、二つの毒物を詰めたカプセルがあったとしても、自分にはカプ
セルを利佐子に交付する機会がなく、したがって、犯行の可能性がない旨弁解する。

 
前述したとおり、本件においては、被告人が利佐子と別れた後、約一時間三五
分後に利佐子にトリカブト中毒の症状が発症していることが認められるので、服用
と症状発症との時間的空白が問題となる。そこで、検討すると、本件の特徴は、利
佐子の血液からトリカブト毒とフグ毒というこつの毒物が検出された点にあるところ
、M教授外二名作成の鑑定書によれば、トリカブト毒とフグ毒を生体に同時に投与
した場合は、トリカブトを生体に単独に投与した場合よりも、トリカブト毒の症状の
発症時期は二倍程度遅くなると推定されるとの鑑定結果が出されており、右鑑定
結果は、実験の対象となる小動物として体重約三Ogのマウスと体重約二OOgのラ
ットの二種類を用い、投与の方法もゾンデによる直接注入とミニカプセルによる経
口投与に分けるなどして、トリカブト中毒症状の発現時間及び生存時間の実験を
行ってデータを集め、投与量や投与形態の相違をも考慮しつつ、共同鑑定人三名
の一致した結論として出されたものであって、その信用性に疑いを挟む余地はない
と考えられる。そして、右の結論は、トリカブト毒とフグ毒の分子レベル、組織・臓器
レベルで確認される拮抗作用からも裏付けられるところである。すなわち、二つの
毒物は共に細胞膜に存在するナトリウムチャンネルに結合するものの、トリカブト
毒がこれを開くことにより興奮させるのに対し、フグ毒はこれを閉じることにより興
奮を抑制するのであって、これが生命維持にとって重要な臓器等の細胞膜に存在
するものにかかわるものであることからすると、その作用・機構は、ヒトにおいても、
マウス及びラットと基本的に同一と考えられるのであって、前記鑑定書によれば、
利佐子と同等の体格の者に致死量のトリカブト毒を投与した場合には、口唇や舌
の痺れ感は摂取直後から二、三O分以内に出現し、不整脈は、悪心、発汗、嘔吐
などと前後して三O分から一時間前後に出現すると推定されるのであるから、これ
らからすると、利佐子は、トリカブト中毒症状の発症した午後一時一五分ころから
最大限約二時間前の午前一一時一五分ころ、本件カプセルを服用したものと推認
することもできるのであるから、被告人には、利佐子にカプセルを交付する機会が
あったことは否定できないところである。

 
また、利佐子がカプセルを二重にして服用していたことは被告人も認めるところ
であるが、カプセルに薬剤を充填した上、カプセルを二重ないし多重にした場合の
薬剤の溶出時間につき実験を行った千葉大学薬学部教授Y作成の鑑定書によれ
ば、二重にした時の薬剤の溶出時間は平均二分五四秒で、カプセルが一重の場
合に比べて約一・八倍遅れ、三重にした時のそれは平均一O分四二秒で、同じく
一重の場合の約七・七倍遅れるとの実験結果が示されており、また、薬剤と乳糖を
混合してカプセルに詰めて(以下「通常カプセル」という。)兎に経口投与した場合と
、薬物と小麦粉とを混合してカプセルに詰め(以下「混合カプセル」という。)あるいは
薬物と小麦粉を混合して水を加え練り合わせてカプセルに詰め(以下「練合カプセ
ル」という。)て、兎に経口投与した場合の薬物の体内吸収状況につき実験を行っ
た東京理科大学薬学部F外一名作成の鑑定書によれば、通常カプセルの場合の
最高血中濃度到達時間は投与後平均して二・三三時間プラスマイナス0・八二時
間であったのに対し、混合カプセルの場合のそれは四・六七時間プラスマイナス
一・O三時間であり、また、練合カプセルの場合のそれは四・三三時間プラスマイナ
ス0・八三時間であったとの実験結果が得られているのであり、これらによれば、利
佐子は、トリカブト毒とフグ毒の拮抗作用から認められるカプセルを服用したと推認
される時点よりも、もっと以前に本件カプセルを服用したものと推認することができ
るのであり、いずれにしても、被告人には、利佐子にカプセルを交付する機会があ
ったことは否定できないところである。
 
トリカブト毒三毒素の構成比は異なる(*)
 
次に、被告人は、利佐子の心臓血から検出されたトリカブト毒の構成比と、被告
人が山野草販売眉Kから購入していたトリカブトの毒の構成比との聞には相違が
あるから、利佐子の死因となったトリカブト毒と被告人が購入していたトリカブトとの
聞に同一性がない旨弁解する。これは、白河産のトリカブトは、その含まれているト
リカブト毒につき、同一の構成比を有するとの見解に立ち、かつ、利佐子の心臓血
に含まれるアコニチン、メサコニチン、ヒパコニチンの構成比が、アコニチンを一と
した場合、一対約一・八対約一・七であるのに対し、被告人がトリカブトを購入して
いた「K店」の仕入先である有限会社Sから一九九O年二一月二O日に警察官が任
意提出を受けて領置したトリカブトの根のメタノール抽出液に含まれるそれらの構
成比が、一対二・七対約0・八であることに依拠するものである。
しかし、M教授外一名作成の鑑定書によれば、一九九O年二一月二O日、福島
県西白河郡から任意提出又は採取したトリカブト塊根合計八個につき認められた
トリカブト毒の構成比は、アコニチン対メサコニチンの比率、が、最小で一対二・三
、最大で一対約一一・六であり、アコニチン対ヒパコニチンの比率も、最小で一対
0・0一、最大で一対約一0・五であり、また、一九九一年三月九日、同郡から採取し
たトリカブト塊根合計六個につき認められたそれは、アコニチン対メサコニチンの比
率は、最小で一対約一・二、最大で一対約四・Oであり、アコニチン対ヒパコニチン
の比率も、最小で一対約0・0一、最大で一対約0・四であり、さらに、同年九月一一
日、同郡から採取したトリカブト塊根合計五個につき認められたそれは、アコニチン
対メサコニチンの比率は、最小で一対約一大で一対約五・二であり、アコニチン対
ヒパコニチンの比率も、最小で一対約0・00六、最大で一対約0・四であるのであっ
て、福島県西白河郡から同じ日に採取されたトリカブト塊根であっても、トリカブト毒
であるアコニチン、メサコニチン、ヒパコニチンの構成比が異なることは明らかであ
るから、被告人の右弁解には理由がない。
 
服用毒量は二号カプセルに充填できる (*)
 
第一審判決が描く殺人行為の全容
 
さらに、被告人は、致死量のトリカブト毒をカプセル一個に充填することができな
い旨弁解し、独自の計算をした上で、「西白河産トリカブトを使ったとすると、自分
の計算によれば、水飴状の濃縮液の場合であればO号カプセルに九個ないし二七
個詰めないと致死量にはならないし、それを乾燥させた場合であれば七個ないし
二O個、乾燥根を粉末にした場合でも七個ないし二O個のO号カプセルに詰めない
と致死量にはならない」と主張するが、警察官が白河産トリカブトにつきエタノール
等で抽出・濃縮した物をO号カプセルよりも容量の小さい三号カプセルに充填して
鑑定嘱託をしたところ、M教授作成の鑑定書によれば、致死量の約一二倍ないし
約二七倍に相当するトリカブト毒が検出されたことが認められるから、被告人の右
弁解には理由がなく、採用の限りではない。
 
訴因不特定の主張について
 
弁護人は、本件殺人の公訴事実は、毒物を詰めたカプセルの交付・服用の実
行行為の時刻場所が特定されていないばかりでなく、どのようにカプセルを製造
し、いかなる手段方法で交付・服用させたのか特定されていないと主張する。しか
しながら、本件殺人の公訴事実は、被害者を道具として利用する殺人の間接正
犯であると解されるところ、犯行の日時、場所の表示にある程度の幅があり、また
犯行の手段方法の表示にも明確を欠くところがあることは所論のとおりであるが

本件においては、被害者が既に死亡して存在せず、また、犯行の目撃者もなく、
被告人も捜査の当初から一貫して犯行を否認している事案であり、そうであると
すると、本件は、「犯罪の日時、場所及び方法を詳らかにすることができない特殊
な事情」(最高裁判所大法廷判決昭和三七年一一月二八日刑集二ハ巻一一号
一六三三頁参照)が認められる事案であるということができる。そして、本件証拠調
べの結果によれば、検察官においては、起訴当時の証拠に基づいて、できる限り
実行行為の日時・場所・方法等を特定したものであることが窺われるから、本件公
訴事実が、被害者を利用した殺人の間接正犯として、訴因の特定に欠けるところ
はないというべきである。したがって、弁護人の右主張は理由がない。
 
 三 第一審判決の多くの矛盾した認定
 
33-5 P179-P184 
 
作為をもって排除している
 
判決文を受け取るまでに、私は鑑定書など手元の裁判資料を熟読していた。判
決文が届いたらすぐに控訴趣意書に取り組むためだった。この作業で、私はこの
裁判の問題点をほぼ把握する。判決文を受け取ると、その問題点に注目しながら
読み進んだ。
私はまず腹を立てる。判決文は都合の悪いことを作意をもって排除しているのだ
私は、章のはじめで、判決文は論理的にまとめられていないと言った。しかし、都
合の悪いことを作意をもって排除するなどということは、論理的にまとめられていな
いという以前の問題だ。これから判決文のさまざまな矛盾を指摘していくが、最初
に作意をもって排除している一つの例を示そう。
 
トリカブト中毒がどのような症状を示すかは、当裁判での重要な審理事項だ。当
裁判の全過程をとおして示された症例は次の症例だけだが、トリカブト中毒の症状
が東北大学のM教授外二名が作成し提出した鑑定書の中に玉例示されている(三
名が共同で作成した鑑定書であり、以降この鑑定書を「共同鑑定書」と称する)。こ
の五例以外に、当裁判ではトリカブト中毒の症例は一例も示されていないことから
、の玉例はいろいろと貴重なことを教えてくれる。この五つの症例は真実を語る上
で重要な役割を果たすので、共同鑑定書から全文(病院などの所在地は省略)を抜
き出して記載しよう。
 
トリカブト中毒の五つの症例
 
[症例1]

 
平成元年四月、男性医師(五十二歳)が採取した山菜(トリカブトをニリン草と誤
認)をおひたしにして医師は小皿に一皿、その長男(十七歳)は二つまみほど食した
(同午後六時五分)。医師は食直後から舌のしびれを感じていたが、同六時四十分
から外出し同七時五分帰宅直後長男が口、手、足の療れを訴えたのでトリカブト中
毒と直感し、強制幅吐、医薬品の投与、人工透析等の処置を行った。医師は同午
後九時から不整脈が現われ、同午後十時には血圧が七0mmHgまで低下、冷汗、
皮膚温低下、悪心、幅吐が続いた。同午後十時から十一時頃が最も症状が強か
った。また、痘れは翌朝四時前まで続いた。一方、長男は同午後七時すぎには不
整脈が出現したが同午後十一時頃には回復した。療れ感も翌朝二時には消失し
た。記録された心電図によると長男は医師よりも危険な不整脈を伴っていた。医師
は摂取量が多く症状は末期に近かったにも拘わらず、心電図所見で軽症であった
のは、医師が高血圧のために服用している持続型の抗カルシウム剤アダラーL(一
日三0mgを二回服用)のためではないかと推察している。
 
[症例2]

 
平成元年八月、男性(四十四歳) は郵送されてきたクズモチを十切れ、その娘
(四歳)は 一切れ半男性は五分後に口及び体のしびれを感じ、摂取二十分後に来
院した。来院時不穏状態で発汗、嘔吐があり、足の麻療があった。鎮静目的で医
薬品を投与したところ、呼吸抑制がみられたため人工呼吸を開始した。この前後よ
り大腿動脈の拍動触知不能となり、致死的不整脈を発症していたので、心肺蘇生
術及び各種の医薬品による治療を行ったが、心停止となり、来院後四時間で死亡
した。
その娘は、摂取五分後に口、手足のしびれを訴え、やがて歩行困難となり摂取
二十分後に来院した。受診時不整脈は認められなかったが、その五分後に悪心嘔
吐及び不整脈が出現した。直ちに、胃洗浄や医薬品の投与等の処置を行った。そ
の後、血圧低下、痙攣発作及び呼吸停止を起こしたため人工呼吸を施行したとこ
ろすぐに回復した。その後医薬品の投与等の処置を行い、来院後九時間で不整脈
は回復し、全身状態も安定した。
 
〔症例3]

 
平成四年四月、午前七時、男性(四十五歳)がトリカブトの根と茎を細切りし浸し
ておいた水溶液を自殺目的で服用し、同午前七時三十分に来院した。来院時の主
訴は口唇周囲のしびれ感であった。同午前七時四十五分に胃洗浄や下剤投与等
の処置を行ったが、同午前八時二十分には不整脈が現われ、呼吸停止にいたっ
た。人工呼吸及び医薬品投与等の処置を行った結果、自発呼吸が戻り同午前八
時四十七分には不整脈は消失した。同午前九時から同日夕刻まではわずかに心
室性期外収縮を認めるのみであった。
 
 [症例4]

 
平成四年二月、昼、女性(六十一歳)が自殺目的でトリカブトの根を食し、同十二
時三十五分救急外来を受診した。受診時、譜妄状態で血圧低下(七0mmHg)、瞳
孔散大、流涎、下痢、幅吐が認められ、同十二時五十五分、突然、致死的不整脈
を発症した。直ちに、心肺蘇生術及び各種の不整脈剤による治療を行ったが、不
整脈、心停止を頻回繰り返した。そこで心肺蘇生術施行下に血液吸着療法を行っ
た結果、開始後約二十分頃より不整脈や心停止等の頻度が減少し、硫酸マグネ
シウムによる不整脈のコントロールが可能となった。翌朝には致死的不整脈は消
失したが、心室性期外収縮は翌朝以降も持続した。
 
[症例5〕

 
平成五年四月、四家族八名が付近の山より採取した山菜(トリカブトをモミジガ
サと誤認)をおひたしにして食した。摂取約二十分後全員に舌先端部にしびれを感
じ、その後しびれ感は体幹及び上肢に拡がった。八名中二名は摂取三十分ないし
二時間後に前胸部不快感、幅吐及び呼吸困難を訴え病院で受診した。受診時は
不整脈はなかったが、その後不整脈が現われた。胃洗浄などの処置により、摂取
五時間後不整脈は回復し自覚症状も軽快した。
 
 
利佐子がトリカブト中毒であるか否かを検討するとき、まず、トリカブト中毒の症
状として、「最初の自覚症状」の訴えとはなにか?ということが問題になる。その最初
の自覚症状の訴えが発症なのだ。なぜなら、風邪を引いたときのことを考えるとす
ぐわかる。だるいとか、熱があるとか、頭が痛いとか、そのような自覚症状を感じた
とき、風邪を引いたのではないかと疑うのだ。なんの自覚症状もないのに、風邪を
引いたと訴える人はいないだろう。健康診断は別として、なんの自覚症状もないの
に、病気に罹ったとして病院に診察を受けに行く人はいない。このことは、病気だけ
ではなく薬物中毒も同じだ。
そこで五つの症例を検討すると、トリカブト中毒の最初の自覚症状がなにかがよ
くわかる。この五つの症例で扱われている患者は一四名だ。そのうち症例3の男性
と症例4の女性の二名は最初の自覚症状が明記されていないが、他の一二名は
明記されている。それによると、二一名全員が、最初の自覚症状として、口ないし
手足や体幹のしびれ感を訴える。このことから、トリカブト中毒の最初の自覚症状
が、口ないし手足や体幹のしびれ感であることは明確なのだ。
 
この口ないし手足や体幹のしびれ感について、共同鑑定書の鑑定人の一人、
O教授は次のような主旨の証言をしている。
人間の場合には手足、口のしびれを訴えることから症状が起こり、初期の口
の中のしびれは直接的な口の中での作用で、手足のしびれは吸収後の体の中
での作用である。
 
この証言から明らかなように、トリカブト毒をカプセルで服用した場合は、口への
直接の影響がないことから、最初の自覚症状は消化管からの吸収による手足や
体幹のしびれ感ということになる。また、トリカブト中毒の症状の現れる順序につい
ては共同鑑定書に記載され、初期症状として、これらのしびれ感
が明記されている。当裁判に提出された鑑定書で、トリカブト中毒の症状が記載さ
れたものはこの共同鑑定書以外にない。
ところが、判決文は、これらのしびれ感を作意をもって完全に排除する(六五ペー
ジ参照)。なぜか、その理由は明確だ。利佐子は最初の自覚症状として、この手
足や体幹のしびれ感を一切訴えていないからだ。この判決文の記載を、作意と呼
ばずに、なんと言えばいいのだろうか !
さらに、判決文は末期の症状としての意識の混濁も作意をもって排除してしまう。
なぜなら、利佐子は心肺停止直前まで意識は清明だったからだ。なお、共同鑑定
書に添付されている参考資料を見ると、症例2の男性とその娘や症例4の女性のよ
うに、死亡または末期の症状が現れている場合は、意識の混濁も必ず出現してい
る。
 
33-6 P184-P185 P110-P113 P185-P187
 
論理的に組み立てられていない
 
いまの例を挙げたが、判決文は、都合の悪いことを作意をもって排除しているこ
とが非常に多い。その上、論理的に組み立てられていない。論理的に組み立てら
れていないという例を一つ挙げてみたい。
 
判決文は、「大阪における毒性実験」として、Gハイツで、トリカブト毒とフグ毒を
ガラス瓶 に入れて保存していたと指摘する。このガラス瓶に入れて保存していた
両毒は、手間暇かけてわざわざ抽出した毒物(液体ないし粉末)であると推認してい
る。粉末である可能性まで推認しているということは、両毒の抽出・濃縮が完成さ
れた状態でガラス瓶に入れてGハイ ツに持ち込んだと指摘していることになる。
ところが判決は、水道使用量から判断すると、Gハイツでエパポレーターを複数
回使用して 、私がトリカブト毒とフグ毒を濃縮していたと推認するのだ。一体、な
にを濃縮したというの だ。完成された両毒を、ふたたびエタノールに溶かして濃縮
したとでも言いたいのだろうか、 手間暇かけて抽出・濃縮し、Gハイツに持ち込ん
だと推認しているというのに。これほど非論理的な話はない。この水道使用量につ
いては、水洗トイレの貯水槽の弁がひっかかり、長時間流れ出ていたことがあった
と私は主張したが無視される。
 
引用 P110-P113
 
判決は、ヤマトリカブトを山野草販売店Kから最初に購入した日を、一九八一年
十一月二十五日こ ろに六鉢と認定する。事実は、一九八二年六月下旬に山野草
販売庄Kに私は偶然に 立ち寄り、店に展示してある茎が五0センチほどに伸び
青々と葉を付けたヤマトリカブト二鉢を見つ けて購入した。それまで私は、山野草
販売店Kの所在も知らず面識もない。

 
判決が認定する十一月二十五日ころは晩秋といえる。この時期のヤマトリカブト
は、地下の主根は 腐り、地上部分は葉や枝はなく枯れた茎がわずかに土から出
ているだけだ。枯れた茎が一0センチほどひょろりと出ている鉢植えを想像してほし
い。そのような物を、販売するために店に展示するだろうか。私が山野草販売店K
と面識があるというのなら注文して購入したということも考えられるが、私は偶然に
立ち寄ったのだ。

 判決が認定する購入の期日は、山野草販売店Kが仕入先から仕入れた納品書
を根拠としている。仕入先からの納品書を私への販売に結び付けるなどとは強引
すぎるといえる。山野草販売店Kには、小さな野草園のような裏庭、があった。ヤマ
トリカブトは八月から九月にかけて花が咲く。その時期に売れ残ったヤマトリカブト
六鉢を仕入先から仕入れておき、裏庭で保管し若葉が出る翌春に販売したと考え
られ、四鉢売れて残りのこ鉢を私が購入したとするのが順当だ。

 
私、がヤマトリカブトを初めて購入した日を強引に一九八一年十一月二十五日
ころと判決が認定したのは、なつ江が健康を損ないはじめたと判決が認定する同
年十二月ころよりも以前に、私がヤマトリカブトを購入していなければならないから
だ。なぜなら、なつ江が十二月ころ健康を損ないはじめ、翌年六月十八日、虎の門
病院に第一回目の入院をした原因が、私がなつ江に毒性実験のためにトリカブト
毒を投与したことにあると判決は認定し、そのためには十一月までに私がヤマトリ
カブトを購入したと判決は指摘する必要があったからだ。しかし、十一月二十五日
ころのヤマトリカブトの生育状態を考えれば、それは
事実誤認といえる。

 
マウスの購入期日については、私が明らかにした事実と判決の認定とは二年間
も食い違う。私は逮捕後の取り調べで、実験動物を販売する株式会社Nからの購
入は、各五O匹ずつ、一九八四年春と一九八五年夏の二回であると明確に話して
いる。ところが判決は、一九八二、三年ころ、二、三回にわたり各五O匹ずつ購入し
たと認定する。なぜ、このような食い違いが出たのか私にはわからない。
私は各購入品を偽名を使って購入したことはない。株式会社Nが、個人客への
少額の現金売上でも販売先を明記した売上伝票一を作成していたなら、私への販
売期日は正確にわかるはずだ。私が明らかにした二回の購入期日の情報を持っ
て株式会社Nの関係者を問いただしたと思う。しかし、なんらかの理由で、たまたま
その時期には最少販売単位である五O匹という少額の現金売上伝票が見つから
ず、それより二年ほど前に同じ少額の売上伝票一を数枚確認して証拠としたので
はないだろうか。
この判決の認定では、私がマウスを使って殺人のための準備行為を行なったと
する筋書に決定的ともいえる矛盾を生じるのだが。
 
 引用 P185-P187
 
また、判決は、トリカブト毒とフグ毒の拮抗作用を認定して、服用から発症まで二
時間近く経過しているとする私の主張を退ける。その上で、私、が利佐子を医療体
制の充分でない離島旅行に誘ったと指摘するが、沖縄本島には琉球大学医学部
付属病院など医療施設は多く、医学部法医学教室さえあるのだから医療体制は
東京都それほど変わらず、判決がいう「温暖で医療体制の充分でない離島」とは、
沖縄本島ではなく石垣島を指すものと思われる。とすると、沖縄本島で私と別れた
利佐子が石垣島に着いてから発症するように私が仕組んだと解せるから、私が両
毒をやみくもにカプセルに詰めたのではなく、両毒の拮抗作用を発症時間の延長
に利用しようとして詰めたと判決は指摘していると理解するのが順当だ。
 
しかし判決は、このことを暗にほのめかすだけで、私が両毒の拮抗作用を利用
したとは正面切って指摘することができない。それは当然なのだ。なぜなら、判決は
マウスの購入を一九八二、三年ころ、一回当たり五O匹の実験用マウスを二、三回
にわたり購入した」と認定し、その後の購入は一九八六年四月二十六日と認定す
る。ところが、クサフグを購入したのは一九八四年三月ころから翌一九八五年秋こ
ろまでの間」と認定した。要するに、クサフグの購入をはじめてから、離島旅行の予
約をするまでのあいだマウスは購入しておらず、マウスでフグ毒の実験はしていな
いことになるのだ。当然、両毒の桔抗作用をマウスで実験したとは認定できない。
 
なつ江を利用しての両毒の桔抗作用の実験については、大阪大学のS教授
が、「なつ江にトリカブト毒とフグ毒を同時に投与した所見はない」と証言してい
る。
 
この証言から、ヒトで両毒の拮抗作用を実験したことも認定できない。私が、マウ
スでも、ヒトでも、両毒の措抗作用の実験を行なっていないとすると、判決のような
論理的とはいえない漠然とした表現をする以外ないのだ。
さらに、判決は、一九八六年四月二六日マウス五O匹を購入し、Gハイツにおい
て、かねてより所持し、保管していたトリカブト毒とフグ毒をマウスに投与して最終
的な毒性実験を行い」と指摘する。
さて、これはおかしい。判決は、私が抽出・濃縮を完成させたトリカブト毒とフグ
毒を、ガラス瓶などに入れて同年一月にGハイツに持ち込んだと推認するのだ。マ
ウスの購入はいつでもできる。沖縄旅行の予約は同年四月十六日に済ませている
。最終的な毒性実験というが、これ以前のマウスの購入は、判決の認定では二年
四カ月以上前なのだ。それもトリカブト毒の毒性実験の話で、フグ毒の毒性実験は
一度も行なっていない。そのような状況で最終的な毒性実験を行なうなら、まず毒
性実験を行なって、その結果を見てから沖縄旅行の予約をするのが通常ではない
か。マウスはいつでも購入できるのに、予約を済ませるから初めてフグ毒の毒性実
験をするなどとは道理が通らない。これも論理的とはいえない。
 
 33- 引用文 P187-P194
 
購入品についての幾つかの問題
 
論理的とは、筋道が通っているということだ。以上二つの問題を取り上げたが、
利佐子の最初の自覚症状の問題についても、大阪における毒性実験の問題につ
いても、およそ筋道の通った認定とはいえない。このようなことは判決文をとおして
多くを指摘できるが、指摘しだすと切りがないので、購入品についての幾つかの間
題についてできるだけ簡潔に示しておきたい。
 
エパポレーターの使用について、判決は、アパートSの水道使用量が、一九八五
年八月から十一月までの四カ月間は三四五m3、前年同期が三〇五m3、前々年同
期が二七八m3で、一九八五年八月からの水道使用量が、前年ないし前々年同期
に比して四Oないし六七m3も増加し、一九八四年または一九八五年の夏ころ、二
度にわたって共同ヒューズを飛ばしたことから、アパートSにおいてエパポレーター
を使用してトリカブト毒とフグ毒を抽出・濃縮していたと指摘する。
この時期、私が購入していたのはクサフグだが、判決が水道使用量の増加を指
摘する時期、その前後も入れて、クサフグの購入量について判決の認定を取り上
げてみる(七三ページ参照)。一九八四年夏前に二OO匹ないし三OO匹、秋に約三
一OO匹、一九八五年六月ころに三OO匹ないし三OO匹、秋ころに約二OO匹(ただ
し、この時期の購入を私は否定している)と認定する。これらの時期エパポレ-タ-を
使用したとすると、クサフグからフグ毒を抽出・濃縮する作業をしていたことになる
が、水道使用量が前年度に比べて四〇m3も増加したとする時期、クサフグの購入は
むしろ減少しているのだ。この矛盾を判決はどう説明しているだろうか。説明はなに
もしていない。

 また、前々年度に比べて前年度が二七3m水道使用量が増加しているが、私が
アパートSに入居したのは一九八三年十月で、それまで空室だった。翌年の夏、
私は蒸気で熱を外に逃すタイプの貯水式のルームクーラーを使っていた。通常の
家庭用の水道を一時間全開状態で使用すると約六m3になるそうだから、五時間
弱水道使用量が増加したことになるが、四カ月にならしてみると、一日二分三O秒
ほど水道を使用していることになる。一人住人が増えれば、この程度の水道使用
量の増加は当然だろう。
アパートSの水道のメーターは全室共同になっている。一階の庖舗には会社が
入居していたが、店舗の前でよくライトバンを洗車していた。一回の洗車に三O分
かかるとして月に三回洗車を増やせば、四カ月で三六m3水道使用量が増加する
ことになる。控訴趣意書で私はこのように主張した。

 
さらに判決は、エパポレーターの使用で二度にわたって共同ヒューズを飛ばし
たと指摘する。この共同ヒューズは、五、六所帯が居住する二階専用で、許容電
力量が三OAだ。エパポレーターの消費電力量は、本体が一A、ウォーターパス
が五Aの合計六Aである(七九ページ参照)。エパポレーターの消費電力はそれ
ほど大きいとはいえない。
共同ヒューズが立て続けに二度飛んだのは、一九八四年夏と記憶しているが、
クーラーやステレオなど電気製品のスイッチをすべて付けたまま、テレビを見ようと
スイッチを入れて安全ブレーカーが落ち、安全ブレーカ-を上げた途端にヒューズを
飛ばす。ヒューズを直して、しばらくしてふたたびヒューズが飛ぶ。その後、クーラー
とテレビだけを付けてヒューズは飛ばなくなる。エパポレーターが原因でヒューズが
飛ぶとするなら、判決は私がアパートSで二年ほどにわたりエパポレーターを使用し
たと認定するのだから、二度ヒューズを飛ばした以降も、私が幾ら電気製品の使用
に注意を払ったとしても、他の住人が電気製品などを多めに使用したときは、エパ
ポレーターを使用するたびに共同ヒューズを飛ばすことになる。しかし、二度立て続
けに飛ばして以降、共同ヒューズは一度も飛ばしていない。
エパポレーターについての判決のこれらの指摘は、論理的とはいえない。なお判
決は、アパートSにおいてエパポレーダーを二式所持していたと指摘し、さも二式使
用していたような誤解を与えるが、アパートSの水道の蛇口は一個で、二式使用す
ることはまったく不可能であることを付け加えておきたい。
 
判決は一九八五年夏ころにはエパポレーターを使用してトリカブト毒を抽出な
いし濃縮していた事実も推認することができる」と指摘する。一九八五年夏という
と、なつ江が死亡する直前だ。はて、このトリカブトはどこから持ってきたというの
だろう。私がトリカブトの鉢植えを購入したのは、一九八二年六月から九月までだ
。判決の認定によると、この時期に五六鉢のトリカブトを購入し、この六月ころか
らエパポレーターを使用して、マウスで毒性実験をしながら、コーポTにおいてト
リカブト毒の抽出・濃縮を行ったとする。

 
判決はマウスの購入をご九八二、三年ころ、一回に当たり五O匹の実験用マ
ウスを二、三回にわたり購入した」と認定している。 この時期クサフグはまだ購入
していないから、購入したマウスはすべてトリカブト毒の毒性実験に使用したと推
認していることになる。その上、エパポレーターを使用して濃縮しているという。と
すると、抽出に使ったトリカブトの塊根は半端な数ではないはずだ。購入した五六
鉢のトリカブトのうち、ベランダで栽培したのはわずかで、大部分を抽出・濃縮に
使用したと見るのが順当だ。はて、一九八五年夏ころに抽出・濃縮したトリカブト
は、どこから来た何物か?
栽培で増やしたというのだろうか。一九八五年六月から八月ころ、自宅のベラン
ダにトリカブトの鉢植えが五、六鉢置かれているのを私の友人が確認しているが、
判決もこのことを認定している。抽出・濃縮したと判決が指摘しているのはこの時
期だから、一緒に栽培したなつ江が黙ってはいないはずだ。なにしろ、ベランダで
栽培していた数量は少なく、その上、残りのトリカブトの鉢植えは五、六鉢になるの
だから、栽培して持ち出したというのは無理な話だ。また繰り返すが、では、一九八
五年夏ころに抽出・濃縮したトリカブトは、どこから来た何物か?要は、筋道が通ら
ない話なのだ。

 
第一、なつ江に服用させて毒性の人体実験をしようとするヤマトリカブトを、私が
なつ江と一一緒に自宅のベランダで栽培するだろうか。私が利佐子を殺害したとす
るなら、トリカブトは凶器といえる。なつ江にも利佐子にも内緒にして、購入したヤマ
トリカブトを、私はだれにも知られないように保管するだろう。なぜ、なつ江と栽培し
たのか?判決はなにも答えていない。

 
判決は、私がアパートSにおいてトリカブト毒を抽出したと、私自身が供述してい
ると指摘する。この部分の判決文を読むと、私がいかにもトリカブト毒とフグ毒を得
るために抽出行為を行な了たような印象を受けるのだが、私は、一九八二年十二
月、池袋の自宅でトリカブトの塊根二個を密閉ガラス瓶を利用してエタノールに漬
け、また、一九八五年六月か七月、アパートSで捌いたクサフグの身・皮・肝臓をお
のおの密閉ガラス瓶を利用してエタノ1ルに漬けただけだ。その密閉ガラス瓶を食
品会社の資料とともに持ち歩いている。トリカブトについては、アパートSでその塊
根を漬けたエタノールを少量皿に移したことはあるが、アパートSで抽出はしていない。
私は、アパートSでトリカブト毒を抽出したなどとは一切供述していない。判決が
なぜ間違った認定をしたのか、不注意としか言いようがない。また、この部分の表
現方法は、誤解を与えるという点で不適切な表現方法だと指摘しておきたい。
なお、ヤマトリカブトの最初の購入時期の判決の認定の矛盾については、さきに
説明したとおりだが、それでもわかるように、判決は私を有罪に追い込もうとするあ
まり筋道の通らない認定で塗り込められているといえる。
 
 私はメタノールをエタノールと勘違いして購入していた時期がある。私は公判でそ
の理由を説明し、もし人を殺害する目的で購入したのなら、わざわざ「毒物及び劇
物譲受書」などという危険な証拠品まで残してメタノールを購入する必要はなく、エ
タノールの購入を続けていれば済むことであり、またマウスで実験を予定していた
なら、エタノlルを、マウスにも有毒なメタノールに替える必要もないはずだ。このこと
は、私が単にメタノールをエタノ-ルと勘違いして購入した事実の証明になると第一
審で主張したが、判決はこの私の主張を完全に無視する。私の主張は、筋道の通
った話だと思うのだが。
 
カプセル薬の購入について判決は薬剤名を羅列して(七四ページ参照)、私がト
リカブト毒とフグ毒を詰めるために購入したという印象を与えようとしている。カプセ
ル薬を購入した理由についてはさきに私は説明したが、判決が羅列している三種
のカプセル薬のうち、「フルカントジン」「レパゴルトV」は薬H店の店員に勧められて
一時購入しただけで、両毒を詰めるのに購入したということとは一切関係がない。
問題なのは「パボランカプセル」ということになる。
私は公判で、「パボランカプセル」は、なつ江が常備薬としていた腹痛のときの鎮
痛剤だと主張した。検察官は私の主張を真っ向から否定し、両毒を詰めるために
購入したと主張する。判決はこの検察官の主張を踏襲した。
 そこで次のことを指摘したい。薬H店では「パボランカプセル」を庖の陳列ケース
に並べていたわけではなく、客が薬品名を確認できないカウンターの奥の棚に収
納してあった。なつ江が常備薬としていなければ、私が薬H店で購入しようとしても
薬品名はわからない。まして、内容がO号のカプセルであることなど知りょうがない
のだ。仮に、殺害を目的に適当なカプセルを物色していたとしても、最初に購入す
るとき「パボランカプセル」と薬品名を指定することはできない。なつ江が常備薬とし
て使用していたからこそ、最初から「パボランカプセル」と薬品名を指定できただ。
この指摘は、筋道が通っていないだろうか。私は控訴趣意書でこのように主張した
が、控訴審判決は無視した。
 
判決はクサフグを六、七回にわたり約一二OO匹購入したと認定する。最後の購
入について私は否定しているが、ほかの購入については数量に若干の違いはある
にしても異議はない。また判決は、クサフグは通常三Ogから七Ogの体重を持ち、
その肝臓など一gに含まれる毒量は一OOOMU(マウスユニット)以上で、ヒトの最少
致死量は、体重五〇kgの男性で一0000MUと解説する。さらに、クサフグから毒物
を抽出するのは容易だと記載している。
クサフグ一匹の肝臓など猛毒の内臓の重さが平均一Ogと仮定すると、右から計
算して一匹のクサフグでヒト一人殺害できることになる。ということは、私は一二OO
人殺害できるクサフグを購入したことになる。また、肝臓など一Ogから抽出・濃縮し
た物質がどの程度の収量になるかは鑑定も証言もなくよくわからないが、トリカブト
の塊根からの抽出・濃縮した水飴状物質の収量が、乾燥根一ogから平均二・二五
gと鑑定されているから、蛋白質や血液を多く含む肝臓などの場合、同程度以上の
収量があると考えられるが、仮に収量が一gとしても、私が購入した一二OO匹から
は、抽出・濃縮した物質が一・二kg取れることになる。

 
さて、私は、ヒトを一二OO人殺害できるだけのフグ毒を含む抽出・濃縮物質を
一・二kgも確保して、なにに使おうというのだろうか。白いO号カプセルに詰めると、
およそ一八OO個分になる。
一二OO匹を一度に購入したのなら、必要な分だけ使用し不要なものは廃棄した
とも考えられるが、六、七回にわたり購入している。ヒトを殺害する目的で購入する
のなら、判決が認めるように抽出・濃縮方法は容易で失敗があるわけではないの
だから、判決が認定する三回目までの約二九O匹ないし三九O匹で充分に用が足
りるといえる。その抽出・濃縮物質を、判決が認定するように密閉ガラス瓶に入れ
て保存すればいいのだ。なぜ、その後も、三、四回にわたり八OO匹以上も購入す
る必要があったのだろうか。私、が事実として明らかにしたように、料理の実習に使
うために大形の物が手に入るまで購入したからにほかならない。
私はクサフグの大量購入について、第一審でこのように主張した。しかし、なん
の反応もなかったのだ。
 
33-8 P197-P199 P244 P199-P203
 
四 発症時刻は午後一時二七分
 
判決は、トリカブト毒を経口的にそのまま摂取すれば苦みとしびれの感覚にとて
も耐えられないことから、利佐子はトリカブト毒をカプセルで服用したと推認する利
佐子がトリカブト毒を服用したと仮定すれば、この推認に私は異議がない。
「本件がトリカブト毒とフグ毒を詰めたカプセルを利佐子に交付し、情を知らない
利佐子を利用してこれを服用させて殺害したという殺人事件であり」と判決は指摘
するが、仮に、私が両毒入りのカプセルを利佐子に交付したとしても、利佐子がそ
のカプセルを服用しなければ本件殺人事件は成立しない。究極のところ、「利佐子
は、トリカブト毒とフグ毒を詰めたカプセルを、服用した可能性はあるか」ということ
が、本件殺人事件の唯一の争点であるといっても過言ではない。利佐子が両毒入
りのカプセルを服用した可能性がないことを立証できれば、私の無罪は証明できる。
この立証で、判決が有罪の最大の根拠としていると思われる、利佐子の血液か
らトリカブト毒とフグ毒が検出されたことを含めて、カプセルを服用した可能性以外
の状況証拠については、まさに、すべてについて問題にする必要がなくなる。

 
ところで判決は、私が、「自分にはカプセルを利佐子に交付する機会がなく、した
がって、犯行の可能性がない旨弁解する」と指摘する(九五ページ参照)。私は、利
佐子にカプセルを交付する機会はないなどと主張したことは一度もない。利佐子が
死亡した当日、私が利佐子と別れる午前一一時四O分ころまでは、交付する機会
はあるのだ。また、そのように私は主張している。私は、利佐子がカプセルを服用し
た可能性がないと主張しているのだ。この判決の指摘の部分をよく読んでみると、
文章自体、筋道の通らないことがよくわかる。判決がなんの疑問も感じることなく、
このような文を組み立てるから、私は「利佐子が両毒入りのカプセルを服用しなけ
れば、本件殺人事件は成立しない」などと、当たり前のことを強調しなければならな
いのだ。
私は、利佐子が両毒入りのカプセルを服用していない事実を、問題点を整理し
ながらこれから解き明かしていくことにする。
 
利佐子が服用していた白いカプセルとはなにか。そのことを再度確認しておきた
い。利佐子が大阪から東京に帰ったとき、白いカプセルを服用しているのを友人た
ちに目撃されている。その様子を判決は大掴みに述べているが、この友人たちの
証人尋問調書が私の手元になく、私のメモによると、利佐子が白いカプセルを服用
したのはすべて夕食後と思われる。ここに一つの鍵がある。この白いカプセルの中
味については、判決は明確に指摘していない。この中味は、私が第三章で説明し
たようにA強壮剤である。 利佐子は友人たちに「夫、が調合した栄養剤」などと言っ
ていたと証言されてい
るが、友人T氏は「透明のカプセルもあったと思う」と証言して
いることから、利佐子
は友人たちに冗談を言っていたと判断できる。なぜなら、私が
調合した栄養剤なら
カプセルを二重にして持ち歩く必要はないわけで、当然、透明の
カプセルを持ち歩
く必要もない。利佐子は、液状のA強壮剤を白いカプセルを二重に
して持ち歩き、さ
らに長時間持ち歩く場合のことを考えて、三重にするため透明の
カプセルを持って
いたのだ。
 私が利佐子を殺害する目的で白いカプセルを継続的に服用させ、カプセル服用
の習慣をつけるとすれば、カプセルの服用を他人に目撃されないように細心の注
意をはらう。東京にカプセルを持って行かせ友人たちに目撃されるような間抜けな
ことはせず、大阪で服用させて習慣をつける。それに旅行当日は、利佐子に昼まで
にカプセルを服用させなければならず、日常的に習慣をつけたとすると、やはり昼
までに服用させるだろう。夕食後に服用するような習慣はっけない。利佐子が、夕
食後に、友人たちの前でおおっぴらに白いカプセルを服用していたということは、私
が利佐子を殺害する目的で白いカプセルを継続的に服用させてはいないことのな
によりの証明になると思う。
 
 ところで判決は、「利佐子が、白色カプセルの服用と並行して、身体の異常を訴え
ていた」と指摘するが、この指摘は、検察官、が、白いカプセルにトリカブト毒を詰め
て私が利佐子に日常的に投与し、その効き目を調べていたと主張したことを受け
継いだものだ。
大阪に転居した利佐子が日常的に訴えていた下痢・吐き気・鼻血・頻尿などは、
自律神経失調症が現れたものだと私は理解しているが(三九ページ参照)、仮にトリ
カブト中毒の症状だとすると、下痢・吐き気などは中期の症状なのだ。トリカブト中
毒の症状としてこれだけの症状が現れるなら、いま見てきたように、当然、心電図
異常が現れるはずだ。しかし、不整脈は一切訴えていない。それに、手足や体幹
のしびれ感も訴えたことがない。これで、私がトリカブト毒を白いカプセルに詰めて
日常的に利佐子に服用させたと言えるだろうか。判決の指摘は、明らかに道理に
合わないのだ。
 
 利佐子がトリカブト中毒で死亡したと仮定すると、死亡当日、利佐子は、幾時ころ
トリカブト毒とフグ毒を服用したか?この間いに、私は、その時間をある範囲内の時
間帯に特定すること、ができる。その時間帯の算出は、利佐子の血液から検出さ
れたトリカブト毒の血中濃度から計算する方法だ。この方法は、控訴趣意書、上告
趣意書と書き続けていくうちに、利佐子の服用時聞を特定する計算方法として確
立できた。この計算による利佐子の服用時間の特定については次章で詳しく説明
するが、この計算には発症時刻を確定することがぜひ必要となる。また、発症時刻
を確定することは、さきに挙げたトリカブト中毒の五つの症例と比較する上でも重要
なことなので、ここで利佐子の発症時刻を明確にしておきたい。

 
判決は発症時刻を次のように認定する。
「利佐子は、ホテルに到着した午後一時一五分ころには大量に発汗し、そのすぐ
後に悪心、嘔吐を訴えるなどしていたのであるから、午後一時一五分ころの時点で
既にトリカブト毒の中期の中毒症状を呈していたものと認められ、したがって、初期
の中毒症状が発症した時刻はこれより以前であったと考えられるが、全証拠を検
討しても、初期の中毒症状の発症時刻を確定することはできないから、証拠上認
定できるトリカブト毒の中毒症状の発症時刻としては午後一時一五分ころと推定す
るのが相当である」。

 
私は最初にこの部分を読んだとき、呆れて笑い出してしまった。判決は午後一時
一五分ころの時点でトリカブト中毒の中期の症状を呈していると認定する。午後一
時一五分ころというと、利佐子がVホテルに到着した時刻だ。その後利佐子は、三
人の友人の分も含めて、てきぱきとチェックインの手続きをする。なんの自覚症状
も訴えていない。さきに挙げたトリカブト中毒の五つの症例を見ていただきたい。初
期症状でさえ自覚症状を訴えずにはいられないのだ。中期の症状を呈しながら、
利佐子はなんの自覚症状も訴えずにてきぱきとチェックインの手続きをする。冗談
じゃないと私は言いたい。判決はよくもこのような理不尽な認定ができたものだ。
なお判決は、利佐子の状況について、チェックインの前後については詳しく論じ
るが、チェックインの状況については触れることを避けてしまう。チェックインの状況
についての正確で詳しい証言が多くあるというのに。私には、判決が、チェックイン
の状況を作意をもって排除したとしか思えない。

 
判決は、利佐子の中期症状として大量発汗を挙げる。毒物中毒でも同じだと思
うが、病気の場合の発汗とは冷汗であって、ほかの症状に伴って汗が出るのだ。
ほかになんの自覚症状もなく、発汗だけが起きるなどということはありえない。石垣
島はすでに夏だ。私は、夏に、ワイシャツが水をかぶったようにぐっしょりと汗をかく
ことをよく経験する。利佐子は、当日、ジャンプスーツを下着をつけずに肌に直接着
ていた。ジャンプスーツが汗をすべて吸収して、水をかぶったように見えても異常と
はいえない。もし異常といえるほどの発汗なら、旅行に同行した三人の友人のだれ
かが、心配して利佐子に声をかけるはずだ。
大量発汗という判決の認定は、旅行に同行した友人Bの証言に基づいている。
そのBも、利佐子に声をかけていない。このことは、Bは、その当時は通常の発汗と
認識しており、事件になってから捜査当局の掘り起こしにかかり、異常な発汗との
認識に改めたのではないだろうか。

 
このBの証言には疑問な点が多い。一例を挙げれば、利佐子が救急車で病院に
搬送されるとき救急隊員以外で車内に付き添っていたのはBだけだが、心肺停止
のときの利佐子の状況についてBは、「『ウッ』といって手の指を胸のところで巻き足
をつっぱり、目をむいた」と証言し、判決はその証言を取り入れる。しかし、Bよりも
利佐子に近い位置を占めていた救急隊員は、「目をむくような状況は認めていな
い」と証言する。また、大阪大学のS教授は、捜査当局か、検察官から聞いた話と
して、利佐子の心肺停止のとき、「激しい痙攣を起こして大声を張り上げてぐったり
となった」と証言する。これで「目をむいた」となれば、まさに、テレビドラマの毒殺シ
ーンになる。救急隊員の証人尋問調書は私の手元にあり、精査してもこのような証
言は行なっていないことから、S教授の証言は、Bが捜査段階での事情聴取のとき
に供述したのではないかとの疑いを持つ。 証人の供述だけに基づく証拠を、伝聞
証拠といい、刑事訴訟法上、証拠能力が
制限されると聞く。大量発汗の判決の認定
などは、その後の利佐子の行動を検討
すれば、トリカブト中毒の中期症状でないこと
は明確に判断がつくのだ。それにもか
かわらず、伝聞証拠のみを取り上げて発症
時刻を認定するなどということは、なん
たることか。これに類することで、利佐子が
死亡した当初から私を殺人者として一
部のマスコミに売り込んでいた友人たちの
おおげさな表現が、判決に反映するとい
う部分が多く見受けられる。

 
発症時刻を確定することは非常に重要なので、判決の矛盾をもう一つ指摘して
おきたい。利佐子は午後一時二七分に嘔吐の症状が現れてから冷汗が確認
され
、全身から大量に発汗し頭髪もびしょ濡れであったと証言されている。病気や中毒
で確認される冷汗とはこのようなもので、午後一時一五分ころの発汗がトリカブト中
毒による発汗であるとすると、その後のチェックインの手続きのときにも、なんらか
の自覚症状とともに、顔や額などから滴り落ちるような発汗が確認されていいはず
だが、チェックインを受け付けたホテルの係員も、三人の友人も、発汗は一切確
認していない。これ以前の発汗は、通常の発汗に間違いないのだ。

 利佐子、が最初の自覚症状として嘔吐を訴え、客室に駆け込んで嘔吐をはじめ
た時刻は、琉球大学O助教授によって午後一時二七分と確認されている。
 利佐子は午後一時一五分ころにVホテルに到着してから、嘔吐を訴えるまで約
一二
分間経過するが、この間、四人分のチェックインの手続きを行ない、その後客室
まで外の通路を歩いているから、一二分間という時間は適度な経過時間といえる。
このことからいって、最初の自覚症状として嘔吐を訴えた午後一時二七分を発症
時刻と認定してなんら不自然なことはない。
さらに重要なことは、O助教授が、「利佐子が死亡した翌日、八重山警察署から
、何時何分にどういう症状というメモをもらい、午後一時二七分、嘔吐がはじまった
ということで、その時間を一応発症と考えた」と証言していることだ。利佐子の死亡
当日、八重山警察署で友人三人をはじめ関係者は事情聴取を受ける。O助教授は
、沖縄県警察本部からの依頼によって利佐子を解剖した法医学者だ。
そのO助教授に、事情聴取の内容が分刻みで報告されている。分刻みであること
を考えると、午後一時二七分がいかに正確な時刻であるかがわかる。死亡当日の
事情聴取だから、これ以上正確な供述は得ることができない。チェックインの時間、
通路を歩いた時間などを正確に確認した上で算定した時刻だろう。
以上から、なんぴとといえども、この時刻に異議を申し立てる根拠はなんら示す
ことができないはずだ。私は利佐子の発症時刻(最初に自覚症状を訴えた時刻)を
午後一時二七分と確定する。
 
33-9 P203-P209
 
五 服用したとすると二時間以上前
 
私は第一審において、利佐子が私と別れた午前一一時四O分以降はカプセルを服用
した可能性はないと主張した。その主張に対して、判決は、南西航空機が石垣島
に到着する午後O時五三分までに利佐子はカプセルを服用していると認定するが
、その一方で、「トリカブト毒とフグ毒の拮抗作用によって発症時間は二倍程度遅く
なる」という鑑定結果と、「小麦粉を混合すると最高血中濃度到達時間が約二倍に
延長する」という鑑定結果を勘案すると、利佐子は午前一一時一五分以前にカプ
セルを服用したものと推認することもできるとしている。この二つの鑑定結果につい
てはこのあと節を設けて反論するので、ここでは触れないことにする。
私がいま問題にしたいのは、私の主張に対して、判決は午前一一時四O分以降
のカプセル服用の可能性を認定しながら、その可能性の根拠については一切触れ
ていないということなのだ。私は、午前一一時四O分以降に利佐子がカプセルを服
用した可能性のないことの根拠を明確に示している。その私の示した根拠になんら
答えていないということは、判決は私の主張をそれとなく認めた上で、午前一一時
一五分以前に利佐子がカプセルを服用したと推認することで、私の主張への答え
に代えたということだろうか。私は判決文を幾度読み返しても、この点を確実に理
解することができない。
私の主張、がどのようなものか、次に示してみることにする。
 
利佐子は午前一一時二O分に羽田から来る友人三人と那覇空港で落ち合い、
その後、行動をともにする予定だった。友人三人と落ち合ってからでは、利佐子の
言動は常に友人たちに目撃される状況にある。南西航空機内でも、利佐子は友人
たちと並びの座席に座るはずだった。友人三人が搭乗した羽田からの全日空機が
二O分ほど延着したことにより、利佐子は友人たちと落ち合うことができず、搭乗手
続きが遅れて利佐子の座席が友人たちと離れたのだ。利佐子が友人三人と座席
が離れたことは、利佐子は航空機に搭乗する直前に知り、私は逮捕されてから知
った。
私が利佐子の殺害を目的に両毒入りのカプセルを利佐子に服用させたとすれ
ば、友人三人と落ち合い、友人たちにかならず目撃されるであろうはずの午前一一
時二O分以降に服用を指示することはない。両毒入りのカプセルの服用を友人た
ちに目撃されることは、私にとって致命傷になる。まして、並びの座席に座るはずで
あった南西航空機内で服用させることなどは絶対に避けている。

 利佐子は午前九時ころ朝食としてコーヒーとパンを少し食べただけで、その後は
なにも飲食していないから、昼ころには完全な空腹状態になる。
利佐子は、空腹時に、飲み物なしでカプセルを服用する可能性はあるだろうか。
判決はこの部分の記載を省略しているが、友人A、B、Tの三人の公判での証言に
よると、利佐子は白いカプセルを服用するとき、かならず飲み物を求める。また、B
の証言では服用した時間は明らかにされていないが、A、Tの証言では夕食後に服
用したことがわかる。そして、見せびらかすようにして服用している。利佐子は大阪
でも、A強壮剤入りのカプセルを夕食後に水を飲んで服用していた。東京理科大学
のF教授、千葉大学のY教授は、飲み物なしでカプセルを飲むと食道に付着し、食
道炎を起こす可能性があると指摘する。私は錠剤なら飲み物なしで服用することは
できるが、カプセルは飲み物なしでは服用できない。これは一般的なことで、利佐
子も同じといえる。利佐子は、空腹時に飲み物なしでカプセルを服用することはない。

 
那覇空港から石垣空港までの所要時間は五〇分ほどだが、私の経験したところ
では、離陸や着陸態勢に入る時間を除く、禁煙ランプが消えシートベルトを外せる
時間は二O分ほどだった。飛行時聞が短いためか、南西航空機内では飲み物のサ
ービスはなく、乗客の求めがあれば応じる態勢が採られているだけだ。利佐子が飲
み物を要求したとすれば、乗務員を呼び、乗務員がわざわざ利佐子のところに来
て注文を取り、その後運んでくるのだから、一一列後ろの座席に座っている友人三
人のうち、だれかが気がつくはずだ。しかし友人たちからは、そのような証言はない。

 
友人Aは、利佐子が東京で白いカプセルを服用したとき、「「やめて』と叫びたくな
った」と証言する。さらに、Aの妹Bは、利佐子が死亡した直後、「『やられた』と思っ
たので、姉が霊安室で利佐子のハンドバックをひっくり返し中味を調べた、が、なに
も出てこなかった」と証言する。利佐子が死亡した夜、AとBは八重山警察署で事情
聴取を受けるが、当然、南西航空機内での利佐子の状況も聞かれているはずだ。
それほどまでに白いカプセルの服用が気になっていたのなら、利佐子が南西航空
機内で飲み物を求めていれば、乗務員の動きからAかBは気がつき、その当日の
事情聴取で供述しているはずだ。しかし、そのような供述もない。
また、利佐子がトイレに行き水を求めたとすれば、定員一OO人ほどのあの航空
機は、トイレが後部に付いていたと記憶しているから友人三人の横を通ることにな
り、友人が気づくはずだし、気がつかなければ利佐子が声をかけるだろう。しかし、
そのような証言もない。利佐子は航空機内で飲み物を求めた形跡は一切ないのだ
。南西航空機に搭乗しているあいだ、利佐子は空腹状態であり、飲み物も求めて
いない。この状況は、航空機内でのカプセル服用の有無を判断する上できわめて
重要である。

 
それでは、南西航空機内で友人たちに気がつかれないようにひそかにカプセル
を服用することを、私が利佐子に指示した可能性があるだろうか。利佐子は一時
間ほどのちにVホテルに到着し、すぐに昼食を取ることになる。常日ごろ、カプセル
の服用を友人たちに隠しているわけではない。カプセルを服用する必要があるなら
、昼食後に飲み物を求めて服用すればいいのだ。
それでも、常には食事後に服用するカプセルを、服用したことのない空腹時にそ
れも飲み物を求めた形跡もない航空機内で服用したとすれば、私からよほどの因
果を含められ、やむをえず服用したといえる。しかし、利佐子は分別のある大人な
のだ。そのようなこと自体考えられないが、仮にそうであれば、常には友人たちの
前で見せびらかすようにしておおっぴらに服用しているカプセルだから、私の指示
に奇異な感じをいだき、そのことが強く印象に残り、特にカプセルの服用は発症か
ら一時間ほど前のことでもあり、救急隊員の「なにか変わった食べ物を食べました
か」との質問に対し、症状が悪化して苦しんでいる最中であり、当然、カプセルの服
用を申告するはずだ、が、利佐子はカプセルの服用を一切申告していない。
これらのことから、南西航空機内で利佐子がカプセルを服用した可能性がないと
断言できる。午前一一時四O分ころ私と別れてから南西航空機に搭乗するまでは
、利佐子は移動中か、友人たちと落ち合って行動をともにしているから、カプセルの
服用は不可能といえる。

 
友人たちと落ち合う予定時刻の午前一一時二O分から私と別れるまでは、第一
審当時私は、利佐子が私と一緒にいたのだからカプセル服用の可能性はあるだろ
うと単純に考えていた。しかし、利佐子は、友人たちが二階から到着ロビiに降りてく
るのを探している最中だ。到着の遅れたことがわかっていれば余裕もあるが、いつ
降りてくるかわからず間断なく探しており、落ち合えばすぐに南西航空のターミナル
ピルに友人たちと移動しなければならないから、カプセルを服用している余裕など
ない。

 
このように検討してくると、午前一一時二O分以降のカプセルの服用は利佐子の
置かれていた具体的条件を無視すれば可能だというだけで、利佐子の具体的件を
検討すると服用は不可能だという結論になる。
それでは、友人三人と落ち合う予定の午前一一時二O分より前に、利佐子がカ
プセルを服用した可能性はどうだろうか。利佐子がカプセルの服用を申告していな
いこと、夕食後でないこと、この二点を除けば、服用の条件としてはなんの障害も
ない。問題となるのは、利佐子が最初の自覚症状を訴えるまでにカプセルを服用し
てから二時間以上経過するということだけだ。ただし、この問題がもっとも重要なこ
とだが。
 
判決の認定は、利佐子の置かれていた具体的な条件をまったく検討することなく下されている。午後O時五三分以降のカプセルの服用は、友人三人の証言から一切ありえないことは明らかにされているが、いま論じたように午前一一時二O分以
降のカプセルの服用も、利佐子の置かれていた具体的条件を検討すればその可
能性はない。判決も午前一一時二O分以降のカプセルの服用は不自然と認識し
たのか、二つの鑑定結果を示して、判決が認定する発症時刻、午後一時一五分か
ら二時間以上前の午前一一時一五分以前にカプセルを服用した可能性のあるこ
とを推認する。
それでは、判決が推認するように、発症から二時間以上前に利佐子が両毒入り
のカプセルを服用した可能性があるかを見ていくことにしたい。
 
 33-10 引用 P217-P219 P210-211 P219-220
 
 六 トリカブト中毒の発症と個人差
 
 利佐子が両毒入りのカプセルを服用して発症するまで二時間以上経過したとす
ることに、ト中毒の発症に至るまでの個人差がなにか大きく影響しているのだろう
か。この問題を明らかにするために、トリカブト中毒の発症に至るまでの個人差に
ついて、さきに挙げた五つの症例(一八Oから一八二ページ参照)を参考にして検討
してみる。ただし、発症後の個人差については、治療行為が各症例によってまちま
ちなので問題として取り上げることはしていない。
発症までの個人差を検討する場合は、二つの要因に分ける必要がある。第一
の要因は、吸収能力など本来の体質的な個人差で、胃の消化能力、小腸の吸収
能力が良いか悪いか、吸収後の血中濃度の上昇と、薬理作用を及ぼす器官・組
織への薬物の結び付きの間とでもいえるタイムラグの個人差、発症に至る閾値の
個人差などだが、健康状態も影響を与える。第二の要因は、消化の早い抽出エキ
スや粉末の摂取か、消化の遅い葉や茎の摂取か、という摂取の形態や、空腹状態
か、満腹状態か、という摂取時の胃の状態だ。この第二の要因は、個人差というよ
りは摂取時の条件といえるが、一応個人差として扱う。発症までの個人差を検討
する場合、この二つの要因を明確に分けて検討する必要がある。
この二つの要因を検討するのに絶好の資料となるのが、五つの症例の症例1と
症例2だ。

 
症例1の医師とその長男は、年齢も摂取の量も大幅に違いながら、摂取の形態
が若芽のおひたし、摂取時の胃の状態が食事に際してと同じであり、摂取から吸
収による発症(長男は手足のしびれ、共同鑑定書に添付されている参考資料ーに
よると医師は体幹のしびれ感)までの経過時間は約一時間とほぼ同じである。

 
症例2の男性とその娘は、性別も年齢も摂取の量も大幅に違いながら、摂取の
形態はクズモチの黄な粉に混ぜた粉末状と(K警部の話)、形態は同じであり、胃の
状態は明らかにされていないが、摂取から吸収による発症(男性は体のしびれ感、
娘は手足のしびれ)までの経過時間は五分と同じだ。症例1と症例2を検討すると、
それぞれ各症例の二名が、摂取の形態や胃の状態が同じで発症までの経過時間
が同じであることから、体質的な個人差が大幅にあるとは認められず、本来の体質
的な個人差というものが、トリカブト中毒の発症までの経過時間にとっていかに小
さいかが明らかになる。

 
症例1の医師とその長男の比較、症例2の男性とその娘の比較で、発症までの
経過時間の上で、本来の体質的な個人差がほとんど現れていないことは明らかだ
が、それでは、摂取の形態や胃の状態という観点で、症例1と症例2とを比較してみる。

 
症例1の医師は、参考資料ーによると、強制的に嘔吐をしたあとでさらに摂取四
時間後にも三OOないし四OOccの嘔吐が三回あることから、発症直前は満腹か満
腹に近い状態にあったことを物語る。その長男は、おひたしの摂取量が少ないため
強制的に嘔吐をしたあとは嘔吐の症状は現れないが、やはり食事に際して摂取し
ているので、医師と同じ胃の状態であったと判断できる。その上、摂取の形態は消
化の遅い若芽のおひたしだ。その結果、二名とも、摂取から吸収による発症までの
経過時間は約一時間である。

 
症例2の男性とその娘は、摂取時の胃の状態は明らかにされていないが、二名
がともに、摂取から五分後に発症していることを考えると、Y教授の証言から、空腹
か空腹に近い状態で摂取し、粉末状で消化の必要のないトリカブト毒が、速やかに
胃から小腸に移行したと思われる。
 
腸溶性製剤カプセル剤の胃から小腸への移行について、千葉大学のY教授は
次のような主旨の証言をする。
腸溶性製剤カプセル剤を空腹時に投与すると、胃から小腸には、ほぼ瞬間的、
あるいは一O分とか、二O分とか言われているが、かなり早い時期に小腸に移る。
食事後は食べ物を胃の中で消化するという役割があり、食後に腸溶性製剤カプセ
ル剤を飲むと、小腸にいくまでに、早いもので、二O分とか三O分でいくが、あるとき
には数時間かかるということもある。それは確率的な問題で、コントロールはできな
いと思ったほうがいい。
腸溶性製剤カプセル剤は、小腸で速やかに崩壊する。
 
なお、胃から小腸へ移行する時間を、「胃内容排出時間」というそうなので、以降、
このように呼ぶことにする。
この証言からわかることは、カプセルのような形のあるものでも、空腹時には胃
内容排出時間は早いのだから、胃で溶解したカプセルから溶出したトリカブト毒は
、消化の必要がないほどの粒子であり、胃内容排出時間はカプセルよりさらに早く
なると思われる。また、トリカブト毒の吸収部位は、胃なのか、小腸なのかという問
題がある。これについて二人の証人が証言している。
 
このように症例1の二名と、症例2の三名を比較すると、摂取の形態や胃の状態
によって、トリカブト中毒の発症までの経過時聞に大幅な差が現れることがわる。なお、
他の三つの症例についても若干検討する。

 
症例3の男性は、参考資料3によると、摂取四五分後の胃洗浄に際して大量の
嘔吐が確認されている。これは強制的に嘔吐させられたわけだが、その量が大量
ということは満腹かそれに近い状態を示しており、胃内容排出時聞が一時間近くま
で遅れたと推測でき、摂取から四五分後まで口唇周囲のしびれ感以外、特段の症
状がなかったことは、まさしく症例1の二名と同じといえる。

 
症例4の女性は発症時聞が明記されていないが、摂取から三五分後には末期
的症状が現れていることから、症例2の二名と時間の経過による症状の出方がき
わめて似ており、摂取から、吸収による発症までの経過時聞が、症例2の二名と類
似していることが推定できる。

 
症例5の八名の体幹などに広がるしびれ感の経過時間が、症例1の二名と類似
していることが指摘できる。
 
このように五つの症例を検討すると、摂取から、吸収による発症までの経過時間
は、一方が症例2,症例4の五分程度、もう一方が症例1,症例3、症例5の三O分な
いし一時間以上と明確に二つに区分されてしまう。そしてその要因は、摂取の形態
や胃の状態に左右されていることは明白だ。
トリカブト中毒の摂取から吸収による発症までの経過時間の個人差は、本来の
体質的な要因による個人差は小さく、摂取の形態や摂取時の胃の状態による個
人差が主な要因であることは明らかといえる。
以上から利佐子がトリカブト中毒と仮定すると、やはり本来の体質的な要因によ
る個人差は小さく、発症までの経過時間は、摂取の形態や摂取時の胃の状態によ
る個人差が主な要因といえる。よって利佐子は、空腹時に、消化の必要のない抽
出エキスを服用したとされるから、カプセルが溶解してから発症するまでの時間は
、症例2の二名と同等かそれより早いと思われる。しかし、症例2の二名の五分間
は、二名の症状の出現の仕方を比較してみると、タイムラグなどが影響して、トリカ
ブト中毒の発症時間の最短時間と考えられるので、利佐子は、カプセルが溶解し
てから発症まで、五分が経過すると見るのが順当だ。

 
判決は、利佐子がカプセルを三重にして服用したと示唆するから、カプセルの溶
解時聞が一O分程度と推定すると、右の五分と合わせて、カプセルを服用してから
発症するまで一五分程度ということになり、それよりも五分や一O分延長したとして
も、とても二時間には及ばない。それでは、判決が推認するように、トリカブト毒とフ
グ毒の拮抗作用が影響しているというのだろうか? その点を次に検討してみよう。
 
 33-11 引用 P220-P230
 
 七 両毒の当余比率で拮抗作用は変わる
 
トリカブト毒とフグ毒を、一個のカプセルに詰めて利佐子に服用させる。私はこの
意味を考え抜いた。しかし、なぜそうするのかわからない。なにかを期待してやみく
もにフグ毒を詰めた?そんなことはありえない。フグ中毒がどれほど重症であろうと
呼吸を確保すれば死に至らないことは、料理の実習書を読んで私は充分に理解し
ていたし、そのことをクサフグを購入するとき、M氏などにも話している。さらに、フグ
中毒の場合、摂取してから数時間経過してから呼吸停止になることも料理の実習
書を読んでわかっていた。利佐子が発症すれば、すぐに治療が行なわれるだろ
うから呼吸の確保は容易なことだ。利佐子を殺害する目的で、トリカブト毒と一緒に
フグ毒をカプセルに詰める意味はない。

 
それでは、両毒に括抗作用があり発症時聞が延長することを私が知っていて、
両毒をカプセルに一緒に詰めたというのだろうか。発症時聞が延長することを、どう
して知りえたのか? その方法はない。判決は、マウスを使用しても、なつ江を利用し
ても、私が両毒の桔抗作用の実験を行なったとは認定できなかった。判決の認定
は別として、私は次のことを考えてみた。
マウスで実験をして、トリカブト中毒の発症時間の延長を知る?実験器具もない
素人の私が、不可能なことだ。共同鑑定書を提出したO教授は、両毒の純品をミク
ロ天秤などの精密器具を使って正確に定量し、両毒の投与の量をそれぞれ選び、
幾つものケースに組み合わせて実験して結果を得ているのだ。それも発症時間の
実験結果ではない。生存時間の実験結果なのだ。仮に、私の手元に両毒の抽出
物質があったとしても、その毒量を定量する方法はない。両毒を一緒にむやみに
投与しても、どちらの毒でマウスが死んだかさえわからない。O教授は、両毒の一
つの組み合わせだけでも四O匹のマウスを使用し比較して結果を得ている。私が
塩分摂取過多の実験のために購入したマウスは五O匹だ。このマウスを全部両毒
の拮抗作用に使用したとしても、両毒を幾つのケースに組み合わせて実験できる
だろうか。せいぜい五つの組み合わせ実験ができる程度だ。もう一度言うが、私に
は毒量を定量する方法、がない。その組み合わせが妥当なものかさえわからない

 
万が一、幸運にも両毒を一緒に投与して生存時間の延長が確認できたとしたら
素人の私は、発症時間の延長に気がつくどころか、死亡までの時聞が延びたの
だから、どちらかの毒が、どちらかの毒を減毒したと考える。カプセルに詰められる
毒量は限られている。利佐子を殺害する目的なら、できるだけ多くの毒量をカプセ
ルに詰めたい。もちろん、私はフグ毒でヒトを殺せないことは知っているから、トリカ
ブト毒の話だ。当然、カプセルにフグ毒を詰めるのはやめるだろう。
それでも、私はしつこく自らに問いかける。マウスの実験で、私が発症時間の延
長に気がつく方法はないだろうか? それは無理だ。専門家のO教授でさえ、一九
九三年二月ころから六カ月ほどの期間をかけて、両毒の投与比率を変えて何回か
実験しているが、それでも発症時間の延長は確認しておらず、生存時間の延長か
ら発症時間の延長を推定しているにすぎない。口の利けないマウスの発症を確認
することは、専門家でも困難だと証言されている。まして、素人の私がマウスの発
症を確認することはできず、発症時間の延長に気がつくはずはないのだ。

 
それでは、参考文献から知りえたのではないか? それは、さらに不可能だ。第
二回公判で検察官は琉球大学のO助教授に、両毒の桔抗作用について記載した
参考図書の存在を執劫に問いただすが、明確な答えがなく、結局、一般に入手で
きない文献名を挙げるにとどまる。まして、発症時聞が延長両毒の投与比率で拮
抗作用は変わるするなどと記載した文献は一切ないのだ。そのような文献がある
なら、検察官が、勇んで裁判所に提出するだろう。私が発症時間の延長を、参考
文献から知りえた可能性はない。

 それでは、共同鑑定書の鑑定結果を記載しよう。I鑑定事項、Ⅱ鑑定資料、Ⅲ鑑
定経過は省略している。一の1および三については、両毒の拮抗作用に関連のな
い鑑定だが、次章の説明で使用するので、ともにここに記載した。
 
 共同鑑定書
 
Ⅳ 鑑定
一の1 被害者神谷利佐子と同等の体格の者に対して、アコニチン系アルカロイド
を投与する場合、アコニチン系アルカロイドの致死量は、
   (1) 水飴状のとき二二五mg程度
(2) 粉末状のとき四五Omg程度(抽出物と小麦粉の重量比を一対一として計算)と推定される。
一の2 右記致死量を被害者神谷利佐子と同等の体格の者に投与した場合の発
症時間は、口唇や舌のしびれ感は摂取直後から二0-三O分以内に出現し
、不整脈は悪心、発汗、嘔吐等と前後して三O分から一時間前後に出現
すると推定される。
フグ毒とトリカブト毒を同時に生体に投与した場合の生体における発症時
間は、経口投与では、アコニチン単独投与の場合と差が生じる。すなわ
ち、投与量や投与形態にもよるが同時投与の場合が単独投与の場合より
も二倍程度遅くなると推定される。
三  メサコニチン、ヒパコニチン、アコニチン、ジェサコニチンのそれぞれの体内吸
収速度及び比率を比較することは、
ジェサコニチンを除いて可能である。すなわち、これらアルカロイドの体内
吸収速度は、ヒパコニチン>アコニチン>メサコニチンの順序である。また、
その比率は別紙6から、おおよそ三・二対一対一と推定される。なおジェサコ
ニチンについての服用液及び血中濃度にF関するデータはなく、実際の中毒
時の吸収の程度を推定するのは困難である。
 
この鑑定内容を読んでまず指摘できることは、一の2の鑑定結果は正確でないと
いうことだ。この共同鑑定書の鑑定人O教授は、一の2の鑑定結果は、五つの症例
をまとめたものだと証言し、M教授は、五つの症例を根拠にして三人で話し合って
記述したと証言している。とすると、この一の2は五つの症例を正確に反映していな
ければならない。

 
私がこの一の2で特に問題にしたいのは二点についてだ。一点は、利佐子の最
初の自覚症状は幅吐だが、「発汗や嘔吐の症状の出現を三O分から一時間前後」
としていることだ。判決は、この一時間前後」に、共同鑑定書の二の鑑定結果「二
倍程度」を乗じて、二時間を算出している。そこで五つの症例を検討すると、一の2
では「致死量を投与した場合」と指定していることから、症例5は明らかに排除しな
ければならない。とすると、摂取から一時間前後に発汗や嘔吐が出現した例はな
いのだ。さらに、一の2では神谷利佐子と指定していることから、利佐子の摂取の
形態や胃の状態まで考慮すると、症例2と症例4が適応するが、発汗や嘔吐は三O
分程度で出現している。一の2の鑑定結果は、正確ではなく失当といえる。

 
もう一点は、M教授は捜査当局に協力を続けてきた人物であり、利佐子が両毒
をカプセルで服用したとの検察官の主張を熟知しており、共同鑑定書のラットの実
験もそのことを考慮してミニカプセルで投与することも行なわれている。その実験を
したO教授は、トリカブト中毒の「口の中のしびれは直接的な口の中での作用」と証
言している。一の2は、神谷利佐子と特定するような表現をしていることから、カプセ
ルで服用したことを前提とすれば、「口唇や舌のしびれ感」ではなく、「手足や体幹
のしびれ感」として発症時間を指摘すべきなのだ。この鑑定書は、利佐子殺害の当
否を審理するために提出されたのだから、その程度のことに気を配るのが当然と
いえる。
利佐子には手足や体幹のしびれ感が初期症状として現れておらず、最初の自
覚症状が嘔吐であることから、鑑定書一の2では、発症としての吸収による手足や
体幹のしびれ感を故意に外し、発汗や嘔吐を不整脈とからめて強調した上で、利
佐子と特定するような言い回しをして、五つの症例では引き出せない一時間前後
を作意をもって付け加え、検察官のミスリードに協力したとしか私には思えない。
そして判決は、なんの疑問も持たずにその鑑定結果を取り入れてしまうのだ。
 
マウスやラットを使用した両毒の拮抗作用の鑑定結果についても、利佐子の具
体的条件をまったく加味していないといえる。この実験は、マウスには両毒を液状
にして投与し、ラットには液状にしたものと、ミニカプセルに詰めたものを投与して、
生存時間を観察している。
マウスについての実験結果を説明すると、空腹にしたマウス二O匹に、液状にし
たアコニチンリカブト毒)を単独で致死量の約五倍の量を経口投与して、生存時間
は平均で二八・二分であった。同じく空腹にしたマウス二O匹に、液状にしたアコニ
チンを致死量の約五倍、液状にしたテトロドトキシン(フグ毒)を致死量の約六倍を
同時に投与して、生存時間は平均で五一・八分であった。この結果から、アコニチ
ン単独投与に比べて、両毒を同時に投与した場合は、生存時聞が一・八四倍に延
長するという検定結果である。ラットに液状で投与した場合も、ミニカプセルで投与
した場合も、ほぼ同じ結果、が出ている。
この実験結果に基づいて共同鑑定書Ⅲ鑑定経過では、両毒の毒性発現機構を
考察し、ヒトにおいても両毒の作用機構はマウスやラットと基本的に同一であるた
め、マウスやラットの実験結果をヒトにも適用できるとして、先ほど示したⅣ鑑定の
二の結論を導き出している。しかし、鑑定書を幾度も読み返したが、生存時聞が二
倍程度遅れるという実験結果から、発症時聞についても二倍程度遅れるという延
長時間までなぜ推定できるのか説明されていない。O教授がヒトの中期から後期の
症状であると証言したマワスの特殊な症状「あ症状」の発現時間について、鑑定書
は若干触れているだけだ。
なお、両毒の投与比率を変えると、生存時間の延長が短縮されると証言されて
いる。利佐子の場合を検討するとき、このことが非常に重要となる。
 
O教授は、両毒の投与比率を変えた場合の生存時間の延長について、次のよう
な主旨の証言をしている。
アコニチンを致死量の約五倍投与するのに対して、同時投与するテトロドトキシ
ンの投与量を、致死量の一倍、二倍、三倍、四倍と変えて実験してみると、生存
時間の延長倍率は一・二倍とか一・五倍とか二倍とかに変わってくる。致死量の
約六倍の投与量は、比較的顕著に延長する投与量を選んでいる。
 
この証言からわかることは、両毒の投与比率がフグ毒がトリカブト毒より若干多
めである場合に、トリカブト毒を単独で投与した場合に比べて生存時聞が顕著に延長
して二倍程度になり、フグ毒をトリカブト毒の五分の一、五分の二、五分の三、五
分の四
と変えて投与すると、生存時間の延長は一・三倍とか一・五倍になるというこ
とだ。
そこで、利佐子の血液から検出された両毒の血中濃度を検討してみる。
 
 東北大学M教授による鑑定書の利佐子の血液のトリカブト毒の鑑定結果は次
のとおりである。
アコニチン   二九・一ng/ml
メサコニチン 五一・〇ng/ml
ヒバコニチン 四五・六ng/ml
合計     一二五・七ng/ml
 
東京大学N講師による鑑定書の利佐子の血液のフグ毒の鑑定結果は次のとお
りである。
テトロドトキシン等二六・四ng/ml
なおこの測定値には、テトロドトキシン以外にその変換物質である4―エピテト
ロドトキシン、テトロドン酸を含み、その比率は、三対四対二一六であり、ほとん
どがテトロドン酸に変換している。
 
体重五〇kgのヒトの致死量は、両毒とも約二ngで同じである。血中濃度に体重
を乗じて目安としてその体内総毒量を換算する方法は、M教授もN講師も認めてお
り、判決もその方法を認定し、利佐子の体内総毒量をトリカブト毒約五・九ng、フグ
毒約一・二四ngと推計する。このことは、ヒトの場合、血中濃度の比率をもって、マ
ウスの実験における両毒の致死量を基準にした投与比率と比較することが可能だ
といえる。
利佐子の血液の血中濃度は、トリカブト毒が一二五・七ng、フグ毒が二六・四ng
で、フグ毒がトリカブト毒の約五分の一だ。O教授の証言は投与比率と生存時間の
延長倍率がかならずしも対応していないが、文面から推測すると、フグ毒がトリカブ
ト毒の約五分の一の場合、生存時間の延長は一・三倍以下と判断できる。この件
についても、判決は利佐子の具体的条件の検討を怠り、共同鑑定書の鑑定結果
を無条件に受け入れて過ちを犯すのだ。
摂取から約一時間後に発汗や嘔吐が発現し、両毒の桔抗作用によってその発
現が二倍程度延長することによって、利佐子は発症から約二時間前にカプセルを
服用したと推認することもできるとした判決の指摘は、利佐子の具体的条件を検討
すれば明らかに失当といえる。
ところで、利佐子がトリカブト中毒だとすると、初期症状の手足や体幹のしびれ
感や、末期症状の意識の混濁がなかったのは、両毒の措抗作用が影響してはい
ないだろうかっとの疑問がわいてくるが、この点について明確に否定できる証言が
ある。
 
両毒をヒトに同時に投与したときの症状の現れ方について、O教授は次のよう
な主旨の証言をする。
両毒の措抗作用により、投与から発症、発症から致死まで、経過時間がそれ
ぞれ平均的に約二倍に延長する。
両毒の桔抗作用があっても、症状は、初期、中期、末期と、順次出現する。
両毒の拮抗作用があっても、しびれ感などの初期症状が出現しないわけでは
なく、遅れるだけである。
 
この証言は両毒の毒性発現機構の観点から導き出されているようだが、この証
言で明らかなように、両毒の措抗作用、が最大限にあったとしても、初期の症状で
ある手足や体幹のしびれ感が中期の症状である嘔吐のあとに出現することはない
のだ。また、死亡寸前まで意識が清明であるなどということもありえない。
では、利佐子は、なぜ、初期の症状である手足や体幹のしびれ感がなく、最初
の自覚症状が中期の症状に区分される嘔吐だったのか。なぜ、死亡寸前まで意識
の混濁がなかったのだろうか。この答えは簡単だ。利佐子はトリカブト中毒で死亡
したのではなく、死因は、O助教授が解剖時に明らかにしている心筋梗塞であった
からにほかならない。
 
両毒の拮抗作用の審理は、第二八回公判から第三二回公判にかけて行なわれ
たが、私は、気後れとともに、質問してもどうせはぐらかされるのだという思いから、
利佐子の具体的条件に踏み込んで鑑定人に質問する機会を失ったまま結審を迎
える。いま考えてみると、たとえはぐらかされても、利佐子の具体的条件を加味した
場合に鑑定人がどう答えるか、記録を残しておくべきだったと大変残念に思われ
る。
 
  33-12 引用 P230-P236
 
 八 小麦粉の混入? それは影響ない
 
 第二五回公判で、私は不思議な雰囲気に包まれる。法廷は薄暗くされ、スクリー
ンが裁判長の正面、私の真横に据えられた。東京理科大学F教授の鑑定書を基に
した証言がはじまると、法廷はまるで研究発表の会場のようになる。F教授はこの
研究について、最近、学会で発表したと証言する。道理で、私はうなずく。学会での
研究発表を、そのまま法廷に持ち込んだと思われる道具立てだ。証言の内容も、
研究発表をそのまま再現したようなやり取りを検察官と行なっている。
私は首が痛くなる。なにしろスクリーンが真横にある。見にくいのだ。法廷は、舞
台のように一段と高くなった正面に裁判長を中心にその両脇に二人の裁判官が座
り、私と同じ高さのフロアに正面に向かって右に二名の弁護人、左に二名の検察
官が座る。私は階段状になった傍聴席を背にして弁護人のそばに正面を向いて座
る。私の前にもメモが取れるように横長の机が用意されていた。私の隣には拘置
所の三名の刑務官が座っている。
正面を向いた真横にあるスクリーンを見るために、私は腹を机にささえるようにし
て首を前に突きだし、左横を見ながら長時間その姿勢を保っていた。ただ、傍聴席
のマスコミ関係者が私の表情をうかがおうと傍聴席の片隅に寄っているので、私は
その視線を避けるために、自らの視界についたてを立てるように首をできるだけ正
面に向けようと不自然に伸ばしながら横目を使っていた。肉体的にこれほど疲れた
公判ははじめてだ。
苦労して聞いていたわりには、証言の内容はお組末きわまりない。F教授は、学
会での研究発表だけにしておくべきだった。利佐子の具体的条件に照らしてみれ
ば、まったく場違いの研究発表だ。だが待てよ?私は証言を聞き進むうちに、この研
究が警視庁科学捜査研究所からの鑑定嘱託によって三年ほど前からはじめられ
たことがわかったのだ。そうか、当裁判が目当てか。それならわかる。検察官がや
けに熱心な理由が。
 
鑑定の内容を簡略に説明しておこう。
まず、この鑑定が発症時間にかかわるものではなく、カプセル服用から死亡に至
るまでの経過時間に関係するものだということを指摘しておきたい。具体的に言うと
、利佐子は午後二時一O分に心肺停止に至り事実上死亡するが、その時刻から約
四時間前にカプセルを服用した可能性があることを明らかにしようとする意図を持
つ鑑定なのだ。その条件として、利佐子はトリカブト毒の血中濃度が最高血中濃度
に到達したときに死亡したという前提に立つ。

 
鑑定は、二つのカプセルをそれぞれ六羽ずつ一二羽の家兎(飼いうさぎ)に投与
する。一つは通常のカプセル剤で、粉末状の治療薬「テオフイリン」五Omgと乳糖
三OOmgを混合して一号カプセルに詰め家兎に投与し、もう一つは持続性のカプセ
ル剤で、テオフイリン五O昭と小麦粉三OO昭を混合して一号カプセルに詰めて家
兎に投与する。その結果、投与から最高血中濃度に到達する時聞が、六羽平均で
、通常のカプセル剤では約二時間、持続性のカプセル剤は経過時聞が二倍ほど
延長して約四時間になると鑑定している。その原因は、小麦粉を混合すると小麦
粉に含まれる蛋白質が水と合いグルテン膜を作り、テオフイリンをグルテン膜で包
み込む。そのグルテン膜は疎水性がありテオフイリンの溶出性が悪くなり、吸収性
も悪くなると説明している。
テオフイリンの時間の経過に伴う血中濃度の上昇を表すグラフを見ると、投与後
すぐに血中濃度の上昇がはじまり、血中濃度を測定した時間、一時間後、二時間
後、四時間後、六時間後と、測定した血中濃度を直線で結んでいくが、その直線の
描くつながりの形から、上に膨らむ曲線になることが推定できる。

 
私は、この鑑定結果が利佐子に適用できないことに、公判がはじまって二時間
ほど経った時点で気がつき、検察官とF教授の馴れ合いを思わせるやり取りを聞い
ていてばからしくなってくる。F教授は、「最高血中濃度到達時間は作用がもっとも
強く現れる時期で、そのところで死に至る可能性があり小麦粉の混合、それは影響
ない」と証言するが、それを受けて検察官は、最高血中濃度到達時間と致死との
関係を強調し、利佐子がカプセルを服用してから四時間ほど経過して死亡したこと
を印象づけようと、F教授と盛んにやり取りを繰り返す。しかし、ちょっとでも科学的
な頭をもって検討すれば、利佐子の場合はそのようなこと、がありえないことは明ら
かなのだ。
利佐子の血液から検出されたトリカブト毒二一五・七ng/mlが、利佐子がトリカブト中毒であると仮定すれば、どの時点での血中濃度かを検討してみる。
 
心停止後の血中濃度の動態について、次のような主旨の証言がある。
琉球大学のO助教授は、心室細動も心停止の一つであると証言する。
東北大学のS教授は、心停止後の血中濃度の上昇は非常に考えにくいと証言する。
東京理科大学のF教授は、死亡後、血中濃度は増えるわけがないと証言している。
 
利佐子は午後二時一O分に心肺停止に至るが、その後は心室細動で経過する
から、これらの証言で明らかなように心肺停止後の血中濃度の上昇は考えられな
い。よって、心肺停止までに一二五・七ng/mlの血中濃度に達していることになる。
この血中濃度を目安として体重で換算すると、判決が推認しているように体内総毒
量は約五・九mgとなり、致死量の約三倍となる。
これらのことは第二五回公判までに明らかにされており、これらのことに気づい
た私はスクリーンを注視することをやめ、弁護人からF教授提出の鑑定書を借りて
、先ほど話したグラフの曲線を目で追いながら、一時間ごとの利佐子の体内総毒
量を暗算する。そしてその結果から、ばからしくなるのだ。
利佐子が心肺停止に至った午後二時一O分の四時間前、午前一O時一O分に
カプセルを服用したとすると、グラフの時間の経過に伴う血中濃度の曲線は上に膨
らむ曲線が推定できるから、トリカブト毒の体内総毒量の動態は、三時間後の南西
航空機に搭乗して問もない午後O時一O分に致死量の約一・五倍の三時程度、三
時間後の検察官が発症時刻と主張する午後一時一五分の直前の午後一時一O
分には致死量の二倍を超える四・五時程度、そして、心肺停止の午後二時一O分
には五・九mg程度に達するのだ。
なにがばかばかしいかは、説明をする必要もないほど明らかなことだと思う。体
内総毒量が致死量の約一・五倍に達しても平然として南西航空機に搭乗しており
、致死量の二倍を超えても、てきぱきとチェックインの手続きをするのだ。このような
ことは、ありようがない。このことに気がついた私は、スクリーンから解放されて首
の痛みは解消する。
 
体内総毒量の動態以外にも、この鑑定結果を当事件に適用したときの矛盾は
いろいろ指摘できる。その中から三点について簡単に示しておく。
トリカブト毒は、ヒトでは約二mg吸収すると死亡するが、五Omg吸収しても家兎
の体に悪い影響を与えない治療薬のテオフイリンを実験に使用していること。体内
吸収速度の違いも考慮しなければならないが、二時と五O時では、吸収の経過時
聞が大幅に変わると考えられる。しかし、その点の検討がなされていない。
F教授は、テオフイリンと小麦粉を一対六の割合で混合し実験を行ない、溶出性
が悪くなり、最高血中濃度に到達する時聞が延長して約四時間になるとしているが
、混合する小麦粉の量を減らすと、当然、速く最高血中濃度に到達すると証言する
。共同鑑定書の一の1で明らかなように、利佐子が服用したとされるカプセルに粉
末状のものを詰めたとするなら、水飴状物質と小麦粉の混合比率は一対一で、F
教授の実験とは大幅に異なるが、その点は一切無視されている。
利佐子は目安としての体内総毒量は推定されているが、摂取量は推定されてい
ない。というよりは、摂取量を推定する足がかりがないのだ。時間の経過による体
内総毒量との関係が不自然にならない限り、幾らでも摂取量を増やして推定する
ことができる。仮に、六時のトリカブト毒を小麦粉と混合して溶出性、が二分の一に
なるなら、一二時のトリカブト毒を小麦粉と混合して摂取したと推定すればいだけ
の話だ。テオフイリンの投与量を五〇mgと特定するから、鑑定のような結果が出る
ことになる。
まだいろいろと指摘できる、が、この辺で充分だろう。とにかく、F教授にとっては
いかなる研究成果があるといえども、時間の経過に伴う体内総毒量の動態を検討
するだけで、この鑑定結果を利佐子の場合に適用することが、鑑定内容をまったく
の空理空論に転化してしまうことは明らかなのだ。
 
この鑑定に関する公判は、第二五回公判が約四時間、第二六回公判が約二時
間と六時間ほど費やして証人尋問が行なわれた。私はつくづく被告人の立場の弱
さを感じる。研究発表の準備にかける費用と労力は、相当にかかったようだ。内容
の希薄さに比べて、このあたりの舞台装置を見ると、検察官の立場の強さをつくづ
く感じてしまう。私にこれだけの費用と労力を与えてくれたなら、私の意にかなった
鑑定の実施によって無罪は間違いなく勝ち取る自信がある。国選弁護人の先生方
は、国から支払われているわずかな弁護料で非常によくやってくれている。だが、
熱意をもって動けば動くほど赤字になるという。検察側のせめて半分でいい、権力
を武器にした鑑定嘱託と、その裏付けとなる費用が弁護側にあったなら、このよう
な理不尽さは簡単に打破できるのだ。被告人とは、なんと弱い立場なのだろう。私
は、第二五回公判のこの日、このことをしみじみと味わった。
 
 33-13 P236-P238
 
 九 発症まで二時間はありえない
 
そうか、ミスリードの舞台装置だ! あれだけの舞台装置をととのえることで、裁判
官を概念的な抽象論の渦に巻き込み、利佐子の具体的条件との比較をするだけ
の余裕を与えないようにしたのだ。利佐子の具体的条件に基づいて検討すれば、
小麦粉の持続性製剤の鑑定結果などなんの内容もない空疎なものになる。検察
官は、裁判官の事実を見抜く目をくらませようとしていたということだ。
私は控訴趣意書を書きながら、そのことに思いを馳せる。あの日の公判が終わ
りに近づいたとき、私は弁護人に頼んで利佐子の具体的条件を挙げてF教授に質
問してもらった。それに対しF教授は、「そのことについては、私はなんとも申し上げ
られない立場でございますので」と答える。そのとき、私は、「あなたは、どこで証言
をしていると思うのだ!ここは殺人罪を裁く法廷にほかならない。あなたは、一人の
人聞を陥れる手助けとなる証言をしているのだ。『私はなんとも申し上げられない』
と言うが、すでに多くを物語っているではないか」と、心のなかで叫んだ。学生を教
える立場の人が、そのような無責任なことでいいのだろうか。
しかし、F教授も検察官のミスリードに協力しているとは気がつかずに、検察官と
の打ち合わせのとおりにあのような答弁をしたのだろう。検察官はさまざまなミスリ
ードを行なっているが、この件はミスリードの最たるものの一つと言える。裁判官も
いとも簡単にだまされて、この鑑定結果を判決に取り入れ、午前一一時一五分より
もっと以前に利佐子がカプセルを服用した可能性があると推認する。
 
この公判のもとで、両毒の桔抗作用による発症時間の延長についての鑑定書
が提出され、第二八回公判から第三二回公判まで鑑定人の証言が続くことになる。
私は第二五回公判での体内総毒量の検討を生かして、両毒の桔抗作用につい
てもグラフを描き体内総毒量を計算してみる。その結果をグラフにまとめて第三O
回公判で裁判所に提出するが、裁判官からはなんの尋間もなく無視されてしまう。
さらに、事実審理が終わる第三四回公判までに、グラフを添付して、利佐子の死亡
当日の具体的条件と様態から午前一一時四O分以降のカプセル服用の可能性
のないことを詳しく説明した陳述書を提出したが、判決は私の説明にはなんら答え
ず、共同鑑定書の鑑定結果を取り入れて事実を誤認するのだ。

 
判決が事実を誤認しているという私の主張の根拠は、第二五回公判のところで
説明したのと同じく、体内総毒量の動態から言えることだ。利佐子の心肺停止時の
体内総毒量約五・九mgは、判決の推認だから裁判官も異議は挟めない。発症時
刻は、判決の認定のとおり午後一時一五分としよう。判決はカプセルを三重にした
と示唆するから、空腹状態であることを考慮して、カプセルの溶解と胃内容排出時
間を合わせて一五分間とする。グラフの血中濃度時間曲線はF教授の鑑定書から
、上に膨らむ曲線になると推定できる。これらの条件から、判決が認定する発症時
刻午後一時一五分の体内総毒量を計算してみる。
利佐子が午前一一時一五分に両毒入りのカプセルを服用したとすると、一五分
後の午前一一時三O分に吸収を開始する。発症時刻午後一時一五分は、その一
時間四五分後だ。その五五分後に心肺停止に至り、そのときの体内総毒量は約
五・九mgになる。すると、発症時刻午後一時一五分の体内総毒量は約四mgとなり
、致死量の二倍程度だ。両毒の拮抗作用が最大限にあって生存時聞が約二倍に
延長したとしても、すでに死に至る時刻だ。しかし、この後、なんの自覚症状も訴え
ずにてきぱきとチェックインの手続きをする。判決が、午前一一時一五分以前に利
佐子がカプセルを服用した可能性があると推認したことは、明らかに事実誤認とい
える。
以上から、「両毒の拮抗作用」によっても、「小麦粉の混合」によっても、カプセル
を服用してから二時間後に発症することはありえないことであり、また、利佐子が友
人三人と落ち合うはずであった時刻、午前一一時二O分以降は、利佐子の具体的
条件と様態とを検討すればカプセルを服用した可能性はなく、結局、利佐子は両
毒入りのカプセルを服用してはいないという結論に達するのだ。
 
 
 33-14 引用 P263-P270
 
 十 控訴審 「行間を読む」 とはなにか
 
控訴趣意書の締めくくりで、私は、判決が「本件は『犯罪の日時、場所及び方法
を詳らかにすることができない特殊な事情』が認められる事案である」と、最高裁判
所の判例を持ち出して適用したことに反論した。判決は、犯罪の日時が詳らかにで
きないというが、死亡当日の利佐子の具体的条件と様態とを詳細に検討すれば、
犯罪行為があったとするならその時間は特定でき、結果として犯行の可能性のな
いことが明らかにできるのだ。判決文のどこを読んでも、その検討を行なった形跡
はない。判決の有罪との認定は、利佐子の具体的条件と様態の検討を怠ったこと
にある。私はこのことを最後に記述して筆を置いた。控訴趣意書は罫紙で四一八
枚、三O万字ほどの力作だった
 
控訴趣意書を東京高等裁判所に三月に提出して私はひと息ついたが、その後
控訴趣意書を読み返し、作文のまずさに恥ずかしさを覚える。私は二年ほど前から
、逮捕後の警視庁での取り調べの状況を、K警部とのやり取りを中心にしてその実
際を小説として書きはじめていた。控訴趣意書に手を付ける二カ月ほど前の一九
九五年五月、友人の紹介で「かや書一房」を知り、その小説を『被疑者』と題して赤
字覚悟で出版してもらった。かつての私は手紙すら億劫で書くことができなかった。
それが、とにかく小説を一冊仕上げ、なかなかよく書けているとの評価も受けた。そ
れがきっかけとなり自信を持ち、拘置所に入所以来続けていた作文の勉強に拍車
をかけはじめた矢先の控訴趣意書の記述だ。主張の内容そのものには絶対の自
信を持っていたが、読み手を説得するという点ではまだまだ努力が足りない。私は
作文の勉強として短編小説を書いてみることにした。
『被疑者』を著作したときも強く感じていたが、小説を書くのは面白い。特にフィク
ションは想像力を働かせそれを文章に組み立てていくのが愉快だ。私は熱中した。
楽しい作業で心が満たされていたのだろうか、満開の染井吉野が例年よりひときわ
美しく感じられた春だった。
小説の組み立てを考えながら、ふと目を窓の外に向ける。なんだ? あの鳥は。
私は葉桜になった染井吉野に視線が釘付けになる。小説を書く手を休めて窓際に
寄り、桜の木の頂上をじっと見つめる。生い茂る葉のあいだから、ぴんと立った耳
が見える。ふくろう? まさか。すこし姿を現す。猫だ! たわむ細い枝に体を委ね
ている。一0メートルほどの高さのある桜の木だ。葉に隠れて見えにくいが、よく見る
と二メートルほど下にもう一匹猫がいた。そうか、夜のドラマの続きをやっているのだ。

 
拘置所には野良猫が多い。野良猫と言つては失礼か。彼や彼女に人の残飯を
漁る場所はない。人に頼らず生きているから、野性の猫と言うべきだろう。私たちと
同じように塀の外に出られない猫たちは、なにを食べて生きているのかいつも不思
議に思う。季節によって、夜になると、彼の彼女への求愛行動がはじまる。声の鋭
さ、あの華奢な体でよくも出るものだ。追われた彼女が木に登る。よほど彼が嫌い
なのだろう。しばらくして、彼がすごすごと木を降りはじめる。なぜ彼とわかるかつ
て? それは人の社会でも、無体に激しく追い回して足げにされるのはいつも男性
に決まってるさ。ヒトのことを想像してみればよくわかる。私は木に登ってまで逃げ
たことはない、が、木に登って逃げる男性を、女性が木に登ってまで追い回すだろ
うか。木の下でじっと待つだろうな。しかし、彼の気持ちを推察すると、木をすごすご
と降りたと言ったのは間違いだった。そろりそろりと降りたと言うべきだろう。さらに
時間が経って彼女が降りはじめたが、やはりそろりそろりだった。爪の生え具合は
降りるには不便なのだ。こわごわと木を降りた彼女は、きょろきょろと辺りを見回し
てから、一目散に逃げだした。
 その日から私は、桜の木に猫が近づくと気になって仕方がない。ある日、朝食後
の食器を洗っていたとき、猫の激しい叫びが聞こえて私ははっとして庭を見る。猫の
木登りだ。速い、あっという間に頂上まで登る。また同じ猫同士、そして前と同じ
構図だ。もうすこし登れば彼は彼女に手が届くというのに、それ以上追い詰めない
。猫の社会のほうが相手を思いやる気持ちが深いのだろうか。猫が高い木に登る
ところを初めて見た私は満足した。降りるときは前と同じように、先に彼がそろりそ
ろりと降りる。木の下で待ち伏せしないところを見ると、やはりあれが彼のようだ。夜
、よく叫び声を聞くが、そのうち幾度かは木に登るのだろう。しかし残念だが、それ
以来、昼間木に登るのを見ていない。
短編小説を二編書き進めているうちに、五月に弁護人控訴趣意書が裁判所に
提出され、九月には検察官、が裁判所に提出した答弁書が私の手元に届く。私は
その答弁書に対する反論を七万字ほどにまとめて、十一月に控訴趣意補充書とし
て裁判所に提出する。そのような状況でも、小説を書く面白さに惹かれて小説を書
く手は休めなかった。

 
一九九七年二月四日、先生方の顔ぶれは替わったが、第一審と同じく二名の弁
護人のもとで控訴審第一回公判が開廷される。この公判で私は感動と落胆との両
極端な気持ちを味わうことになる。まず弁護人の控訴の趣意の説明からはじまった
。これは事前の打ち合わせどおりで私の心に食い込む事柄はない。それに対する
検察官の答弁は、「答弁書のとおりです」の一言で終わる。次に、今後の公判での
審理内容について、弁護人、検察官双方が、鑑定、証人尋問、現場検証などを申
請する段になる。私は五項目の鑑定事項の申請を弁護人に依頼し、その内容はこ
れから弁護人が明らかにする「事実取調請求書」に織り込まれている。
主任弁護人が弁論のため立ち上がる。まず、「弁護側が要請する諸事項は、本
来、検察側が立証すべき事項で、弁護人が要請するのは筋が違う」と指摘した。さ
らに、現在の裁判所の判断が第二審判決に見られるようにいかにゆがんだもので
あるか手短に、しかし具体的に論じる。その上で、「裁判長! 私は、この東京高等
裁判所刑事一二部についても同じことを言っているのですよ」と激しく叱責する。主
任弁護人は裁判長に険しい視線を注ぎながら、この一年ほどの別の事件での判
決内容を具体的に取り上げ、ゆがめられた事実を指摘する。

 
主任弁護人の弁論のなかで、私がもっとも注目したのは次の一節だった。主任
弁護人は、裁判長が最近の論文で、「判断は、訴訟資料の行間を読むことが大事
である」と主張していることに厳重な抗議をして、本事件についてはこのようなこと
のないように申し入れたのだ。私はこの瞬間はまだ深くは考えなかったが、なにか
大変なことになるような気がした。
裁判長は本事件に関係がないとの中止命令を再三出すが、主任弁護人は三た
び異議を申し立て、論点を変えながら裁判長がこれまで行なった裁判についての
不当性を論じ、当事件の裁判にはこのような理不尽なことを行なわないように厳し
く要請する。
事前の打ち合わせにはまったくなかったことだ。最初のうちはただ呆然として聞
いていた私は、はっと気がつく。主任弁護人は、傍聴席に三O名ほど詰めかけてい
る報道陣に訴えているのだと。密室裁判では決して良い結果は得られないと判断
し、広くマスコミに訴え、マスコミ周知のなかで裁判闘争を行なう決意を表明したも
のと思った。私は興奮し感動がわき起こる。弁護人が「事実取調請求書」に具体的
に触れはじめてからの私は、「行間を読む」という言葉の意味をただひたすら考え
ていた。そして興奮は冷め、落胆が心を支配していく。

 
「行間を読む」とは、法律家の立場からするとなにを意味するのか私には深くは
理解できないが、常識的に思い巡らすと、「判断は、厳正なる証拠に基づかずとも
、訴訟資料を読んだ結果としての裁判官の心証を重視すべきだ」と言っているよう
に思えるのだ。とすると、これは大変なことになる。高額な生命保険に加入し、私が
トリカブトとクサフグを扱い、利佐子の血液からトリカブト毒とフグ毒が検出されたこ
とから、行間を読むとすれば、裁判長にとってはすべての状況証拠は有罪の方向
へ引き寄せられるのは確かだと思われる。そう考えながら、私は、取り残される被
告人という第一審で味わった心境がふたたび心に広がっていく。激しかった主任弁
護人の抗議の言葉も、むなしさを脳裏に響かせる役割に変わっていた。

 控訴審で無罪を勝ち取るためには、私が弁護人に依頼した五項目の鑑定を実
施する以外にない。私は悲壮な決意をもって以降の公判に臨んだ。裁判所は弁護
人が請求した証人尋問や現場検証はすべて却下し、ただ五項目の鑑定の実施は
認めたが、鑑定人の選定を弁護人に一任する。先生方は尽力してくれた。しかし鑑
定人が見つからない。四月から六月にかけて三回の公判が開廷され被告人尋問
が行なわれるが、なつ江の入院の経過やクサフグなどの購入品の購入事実の確
認についての尋問にとどまり、控訴趣意書で主張した核心となる事項はなんら陳
述することができなかった。私は、控訴趣意書で主張した核心となる事項を補足す
るつもりで用意していた事柄を、陳述書にまとめて九月に開廷された第五回公判
で提出した。
私の焦りは募るばかりだったが、拘束されている身ではなにもできない。十二月
に入り、先生方から鑑定人の選任は無理との連絡が入る。私はただただ理不尽を
感じる。検察官は必要なだけいとも簡単に鑑定人を選任し、費用と時間をかけて鑑
定を行なうのに、被告人には悲壮な決意をもってしても一人の鑑定人すら選任でき
ない。私は、取り残される被告人という心境とともに、悔し涙を止めることができな
かった。

 
一九九八年四月二十八日、控訴棄却との判決が言い渡される。なつ江の死因
についての判断を除いて、控訴審判決は、言い回しは変えているが第一審判決を
そのまま踏襲していた。控訴趣意書や陳述書で私が主張した核心となる事項につ
いては、控訴審判決は一切判断を示していない。
判決文が出来上がり私の手元に届いたのは七月だが、その控訴審の判決文を
検討して、「行聞を読む」という意味を実際に味わうことになる。控訴審判決は、第
一審判決がトリカブト毒およびフグ毒をなつ江に投与して毒性実験を行なったと認
定したことは誤りであると指摘する。その部分を判決文から抜粋して次に示してみる。
「原審で取り調べた関係各証拠によれば、たしかに、なつ江は、口唇や四肢の
疲れ、悪心等を訴えて入退院を繰り返したものであり、その心電図異常や呼吸停
止等の症状の出現の仕方は、一過性の毒物中毒、すなわち、トリカブト中毒やフグ
中毒によることを窮わせるものではある。しかしながら、被告人が、なつ江に投与し
た物が何であったか、これを直接的に知る資料は、現在のところ存在しない。しか
し、なつ江の死亡後、その死体検索の際などに、同女の血液を採取して、その中に
トリカブト毒やフグ毒が含まれているかどうかも検査されていない。すなわち、同女
の死因が利佐子と同じくアコニチン系アルカロイド中毒による急性心不全あるいは
フグ毒による中毒死であることも、合理的な疑いを越えて証明されたとはいえない
のである。したがって、被告人が、トリカブト毒及びフグ毒の毒性を調べるために、
なつ江に対してもこれを投与して毒性実験を行っていたと認定した原判決には、投
与した物がトリカブト毒及びフグ毒であったと認めた点に誤りがあったというほかは
ない」

 
このように控訴審判決は認定するが、そのすぐあとで次のように認定する。
「原判決は、被告人がなつ江に対してトリカブト毒及びフグ毒を投与して毒性実
験を行っていたとの事実を、利佐子にトリカブト毒及びフグ毒を服用させたことを裏
付ける一個の間接事実として認定したものである。そして、この事実を除いて考え
ても、本件殺人の事実は、関係各証拠によって認められるその他の客観的な諸状
況から、被告人が利佐子を殺害したとの事実が十分に肯認できるのであるから、
その旨認定した原判決には事実認定の誤りはなく、したがって、原判決が、なつ江
に対するトリカブト毒及びフグ毒を用いての毒性実験があった旨誤って認定したこ
とは、判決に影響を及ぼすものではないのである」

 
私は判決文のこの部分を読んだとき、なんと想像力に視点を置いた認定だろう
かと感心した。原判決(第一審判決)は、私が利佐子を高額な生命保険に加入させ
、離島に誘い出して殺害したとして、充分に計画性を持った犯行だとしている。だか
らこそ、両毒をなつ江に投与して毒性実験をしたと指摘するのだ。そうでなければ、
両毒を詰めたカプセルの効き目もわからず、利佐子を計画的に殺害することはで
きない。
控訴審判決は、証拠に基づかない原判決の認定を誤りとして公正さを装いなが
ら、その実は、カプセルに詰められた両毒の効き目を、「客観的な諸状況」などとい
う両毒の効き目とはまったく関係のない言葉でもっともらしく見せかけて、効き目を
どう調べたかという課題を、想像の範囲の中に追い込んでしまうのだ。また、「投与
した物がトリカブト毒及びフグ毒であったと認めた点に誤りがあった」と指摘して、控
訴審判決自身が証拠に基づかずになっ江になんらかの毒物が投与されたと想像
する。これらの想像は、「行間を読んだ」結果だと私は判断した。裁判官が心証を
重視すると、このような誤認を犯すことが多くなるのではないかと恐ろしくなる。厳正
な裁判を第一とするなら、「行間を読む」 などということはやめたほうがいい。この
ような結果をもたらすだけだ。
 
 P373
 
控訴審判決が第一審判決よりさらに公正さを欠いていると指摘できる一つの事
柄として、カプセルに詰められるフグ毒の問題がある。アルコールを溶媒としてクサ
フグの肝臓などから抽出・濃縮した物質の収量については、当裁判では鑑定も証
言も一切行なわれず審理はされていない。そのため第一審判決は、カプセルにトリ
カブト毒とともにフグ毒も詰められるかどうかの判断を示さず、触れずに避けている
。ところが控訴審判決は、なんの証拠も示さずカプセルにトリカブト毒とともにフグ
毒も詰められると認定する。この認定などは、はなはだしく公正さを欠き、訴訟資料
のどこを検討してもこのような結論は導き出せないことから、有罪との先入観を審
理の当初から強く持っていたことの産物といえる。ここまで私が長々と説明してきた
ことは、訴訟資料から一切逸脱することなく、裁判で明らかにされた鑑定と証言に
基づいて検討し達した結論といえる。訴訟資料を充分なる注意力をもって克明に
検討するならば、検察官がどのようなミスリードを行なっても、裁判官が事実を見失
うことはなかったはずだ。しかし、第一審判決も、控訴審判決も、事実を描写してい
ない。
 
 33-15 P270-273
 
 十一 八十五万字に及ぶ上告趣意書
 
部屋が明るい。控訴審が進行している途中で、私は旧館から新館に移った。窓
からは、ブラインドの隙聞から古い建物が見えるだけで、樹木は一本も見えず自然
とは縁遠くなる。照明と相乗効果をもたらす真新しいクリーム色の壁、私は部屋中
を見回す。部屋もすこし広くなった。虫たちが出入りする隙間もないほど、しっかりと
した造り。それに独房が二階に位置したから、この冬は寒さも大分しのげそうだ。
自然の中の旧館と、この明るい環境の新館と、どちらがいいだろう。物を書くた
めには、自然との触れ合いがなくなったとしてもこの明るさ、がいい。このところ自
の疲れがひどくなた。目にはこの明るさがなによりの助けとなる。新館に移ったの
は、ちょうど五つの鑑定の実施が不可能だと知らされる直前だったが、不可能と知
ったとき旧館に住んでいたなら、暗い気持ちがもっと長く続いていたと思う。
鑑定の実施が不可能だと知った私は、その時点で控訴棄却の判決を受けること
を覚悟した。いや、第一回公判で「行間を読む」という言葉を聞いたときから、鑑定
に望みをいだきながらも、控訴棄却も視野に入れて準備をはじめていた。短編小説
を書く手を休めず、時間を配分して、次のステップのために資料の整理から手を付
ける。

 
裁判を闘うための私の最大の欠陥は、過去の整理が付いていないことだった。
私は過去にかかわるすべてのことを暦に表し、それを手がかりにしてつぎつぎに物
事を思い出しては、それを暦に書き加える。どんな些細なことでも手がかりになるこ
とは書き加えた。もちろん、証人尋問調書など訴訟資料からも漏らすことなく拾い
出して書き加える。この作業で自分の過去の出来事の展望が開けてくる。この作
業により、おおよその期日とともに私の過去の言動については資料として固定させ
ることができた。

 
次に訴訟資料の精読をはじめる。私の手元にある訴訟資料は、鑑定書が一一冊
、証人尋問調書が二一冊、それに判決文などを合わせると第一審関係だけで三八
冊になる。これを精読し問題となる部分を抜き出して分類した上で、要点を表にま
とめていくから時聞がかかる。控訴審判決が出たときにはおおよそのまとまりはつ
いていたが、まだパノラマのごとくに頭のなかで展開できるというほどまでは達して
いなかった。しかしこの準備を行なっていたことで、控訴審判決が出たときのショッ
クはほとんどない。
控訴趣意書では、これまで説明してきた事柄を織り込みながら、私は三つの核
心となる事項を提起した。私の控訴趣意書での主張の中心はこの三つの事項なの
だ。しかし、控訴審ではこの三つの事項を審理せず、控訴審判決は第一審判決の
認定を繰り返すのみで、私が提起した三つの事項の是非について具体的にはなん
ら明らかにしていない。その三つの核心となる事項とはどのようなものか、次にそ
の論題を示しておきたい。
 
第一の事項
       「利佐子の最初の自覚症状の訴えから、心肺停止までの経過時間
など
        の諸条件を考察すると、仮に、トリカブト毒とフグ毒を服用したと
しても、
                  その服用した時間帯が特定され、その時間帯は、証拠上、利
佐子が
                  カプセルを服用した事実はないと認定されている時間帯である
こと」
第二の事項 
 「利佐子は、トリカブトの塊根およびフグの内臓から、アルコールで
抽出・
濃縮した、抽出物質を詰めたカプセルを服用したとされているが
、その
カプセルの容量には限界があり、利佐子が服用したと推定され
る毒量は、
服用したとされるカプセルには詰めきれないこと」
第三の事項
 「利佐子が服用したとされるトリカブト毒は、事前に、被告人が抽
出・濃縮を行ない、密閉ガラス瓶に保管していたものをカプセルに詰め
たとされているが、そうであれば、利佐子の血液および密閉ガラス瓶か
、ら検出されたトリカブト毒の、アコニチンとメサコニチンの成分比率、
がほぼ同じでなければならないもの、が、大幅に相違すること」
 
P273-P275
 
一九九八年七月、控訴審の判決文を受け取った私は、上告趣意書を作成する
準備に入る。このころまでには、第一審の訴訟資料三八冊は、どのべlジになにが
記載されているかを思い浮かべることができるほど読みこなしていた。控訴審の訴
訟資料は、被告人尋問調書、弁護人と検察官の弁論要旨、それに判決文で、第
一審の訴訟資料と内容はそれほど変わらない。上告趣意書の全体像を企画した。
殺人についての私の無実の主張の集大成となる上告趣意書は、膨大な量にな
りそうだった。一般向けの刑事訴訟法の解説書では、上告趣意書はできるだけ要
領よくまとめて、量は少ないほうがいいと書いであった。だが、そのようなことは気
にしていられない、私のこれからの人生を決することだから。しかし、上告趣意書に
は提出期限がある。その期限はまだ指定されていないが、一年も先まで延長を願
い出るわけにはいかない。

 
十月に入り、訴訟資料の下調べが終わり上告趣意書の企画がまとまった。急い
で記述しても一年以上はかかりそうだ。私は、楽しくてやめられず若干時間を割い
て続けていた小説の著述を中止し、上告趣意書の作成に専念する。量が膨大にな
るため、まず簡潔にまとめた上告趣意書を提出し、のちに上告趣意書の補充として
上告趣意補充書を提出することにした。十一月、弁護人が二名選任され、先生方
に上告趣意書の提出期限の希望を伝え、希望どおりの提出期限が最高裁判所か
ら認められる。翌一九九九年三月二十三日、上告趣意書を最高裁判所第一小法
廷に提出した。
ひと息つく暇もなく上告趣意補充書の記述に取りかかる。拘置所は夜九時から
朝七時までは就寝時間と定められていて、この時聞は作業はできない。裁判所に
提出する書類の作成に限つては、特別に許可を取り消灯後二時間ぐらいは作業
が続けられる。ただ、かろうじて字が読める程度に照明が暗くなるため目が疲れる
。私はできるだけ時間の延長をしないで済むように努力したが、追い込みに入った
二カ月間ほどは時間延長の許可を取って作業を続けた。
同一九九九年十一月二日、第一回目として四分冊の上告趣意補充書を最高裁
判所に提出する。上告趣意補充書を提出することは上申書で最高裁判所に申請
していたが、いつ判決が言い渡されるかもわからず、一日でも早く提出する必要を
感じ二回に分けて提出することにした。十二月二十日、第二回目の四分冊を提出
する。上告趣意補充書は八分冊となり、上告趣意書と合わせると八五万字ほどの
長文となった。

 上告趣意書および補充書の中心となる論点は先ほど、挙げた三つの核心となる
事項だが、その中でも特に第一の事項を中核に据えた。その要点を簡単に述べる
と、利佐子が両毒入りのカプセルを服用したと仮定して、トリカブト毒の血中濃度を
基にした計算から服用した時間帯が特定でき、その時間帯は利佐子がカプセルを
服用した可能性のない時間帯となり、それによって私にはアリバイが成立すること
を明確に証明できる。
ただし、「アリバイ」という用語は国語辞典で調べると、「現場不在証明」と解説さ
れているから、厳密な意味では当事件の用語とするのは適切でないかもしれない
が、利佐子は両毒入りのカプセルを服用した可能性が絶対にないという意味合い
において、以降も「アリバイ」という用語を使用していくことにしている。
控訴趣意書も閉じ主旨だったが、上告趣意書および補充書において、私は、殺
人について証拠が不充分であるから、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事
裁判の原則に従って無罪にすべきだと主張しているわけではない。明確にアリバイ
が成立するから無罪にすべきだと主張しているのだ。
 
33-16 引用 P369-371
 
 十二 最高裁判所を信じていたのだ
 
二OO二年の冬は暖冬を期待したが、年、が明けてから困りものの寒い日が続
いている。今年こそは希望の持てる年になりそうだとの期待から、私は、身を刺す
ような冷たさを、心の暖かさで補っていた。今年は希望を持てる年になりそうだ。昨
年は二編の長編小説を仕上げながら、この獄中記に取り組んだ。獄中記を書きな
がら上告趣意書などを読み返していくうちに、無罪以外にありえないという確信が
強まっていく。昨年正月、二一世紀を迎えてあれほどにぎやかに新世紀の幕開け
を報じていたラジオも、その後、二一世紀が話題になることがめっきり少なくなった
。だが私は、日が経つにつれて希望の新世紀を迎えたという実感がしだいに高まっ
ていた。二一世紀が歩みはじめたとの時期に私は自由を獲得し、叫ぶのもよし、走
るのもよし、好きなことができるようになる。獄中記を書きながらその確信が生まれ
書くことのすばらしさを再認識させられた。

 
昨年中には獄中記も書き終えて、私の頭のなかでは自作の「ロボちゃん」が駆け
巡り、小説の題材をさまざまに伝えてくる。今年も物書きで忙しくなりそうだ。私は正
月を迎えて幸せを感じる。これからの人生、どのような悲しい現実のなかに呑み込
まれても、物を書くことさえ続けられるならなにも恐れることはない。これまでの裁判
の経過を考えると、最高裁判所が不条理にも有罪とする可能性がまったくないとは
言い切れない。その悲しい現実を迎えたとき、その局面をどのように打開していくの
かという方策も、無実を勝ち取るまでの心構えも、すでにできている。上告趣意書
および補充書は、万が一、そのような最悪の事態に陥ったときにも、充分に対処で
きるように先々の展望をも見据えて作成した。
しかし、私は、最高裁判所においてはそのような不条理な判断を行なうことはな
いと確信していた。第一審、控訴審とも三名の裁判官が裁いているが、二名の陪
席裁判官の就任の年数は裁判長に比べて相当に浅く、裁判長の判断がほぼ判決
を形作ると聞いている。裁判長が有罪との先入観を持って審理に臨めば、陪席裁
判官がそれに引きずられて審理に加わるのは当然だろう。その点、最高裁判所は
、もっとも経験を積んだ法曹界の第一人者一五名によって構成され、私の上告審
を審理する第一小法廷はそのうちの五名の裁判官が担当し、五名それぞれが独
立して審理し判断を下すと知らされている。このことから、私の主張を充分に審理
し公正な判断を下すと私は安心していた。
 
33-17 引用 P376-P377
 
裁判について本書で私が説明したことは、上告趣意書および補充書で私が主張
したことを要約したものだ。私のこの主張を、最高裁判所の裁判官が充分に審理し
、かならず公正な判断を下してくれるものと私は確信していた。上告趣意書および」
補充書での私の主張の核心は、アリバイが完全に成立しているということに尽きる
。上告趣意書等での主張は、私の最終的な主張なのだ。これ以上、無罪の根拠を
示すことはできない。
しかし、今年、二OO二年二月二十日、最高裁判所は上告を棄却した。その翌日
、決定通知書を受け取った私は、いだいていた望みが、途方もなく掴みどころのな
い空間へ拡散するのを意識し、目をつぶると、しばし、心臓の鮮明な鼓動を耳でと
らえながら呼吸を整えていた。落ち着いてから、ふたたび決定通知を凝視するが上
告棄却との主文の下に、理由として、九行の記載があるのみだった。
これが最高裁判所の審理なのだ。裁判に精通していない私の結論は、この一言
に尽きる。上告審は、私の主張するアリバイの成立を具体的な証拠をもって崩すこ
となく、控訴審までのように、無意識のうちに奇跡を想像して道理に合わない認定
によって有罪としたのだ。このことは、私には裁判の最初から最後まで、抗弁の機
会は与えられていないと同じことになり、日本の裁判制度は、江戸時代の奉行所
の白州に逆戻りしたことになる。
最高裁判所が有罪との判断を下すためには、第一審、控訴審と同じく、私の主
張を無視する以外にない。そのことを想定して、私は、裁判で争われた鑑定や証言
を考察する上での参考になるようにと、上告趣意補充書で一0項目の鑑定事項を
シミュレーションしているが、それによって、当裁判における有罪との認定を、検討
し覆すだけの準備はできており、経済的な困難さが克服できるなら、再審請求への
道筋はすでに見通している。
私は、三年前に、最高裁判所に上告趣意書および補充書の提出を終えて以来
、心安らかな日々を過ごしていた。この心の安らかさは、最高裁判所を信頼してい
たことの現れなのだ。信頼を裏切られた私は、懲役執行までのわずかな日数のあ
いだに、獄中記の最終節の書き直しを行い、この獄中記を世に出すことができた。
私の無実の訴えは密室から放たれ、広く世間に飛び出していく。これからの私は、
心の安定を乱されることはない。


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