事実の証明

心残りのまま永眠した 神谷 力 氏の手記。 トリカブト事件を冤罪と断定し、 判決の矛盾を鋭く指摘する。
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全文-27 (2013/02/15(金) 12:35:19)
2012.03.13

 全文-27
 
 同一九八五年六月か七月、マウスを五〇匹(最小販売単位) 三回目として株
式会社Nから購入し、アパートSに持ち込みます。購入目的は、捌いたクサフグ
の各部位の毒性を調べるためでした。クサフグの各部位は、最初に捌いた部位、
肉、皮、肝臓を六個のワイングラス等に少量切り取って入れ、すりつぶして精製
水を加えます。また、『ヘルシー月報』 の話題集めのため、密閉ガラス瓶にエタノ
ール漬けにして保存しておいた、毒性があると言われている、ジャガイモの芽、梅
干しの種の中身、トリカブト塊根の三種のエタノールを、三枚の小皿にそれぞれ
少量移します。
一匹のマウスをそっと手のひらで抱き、クサフグの肝臓の水溶液を腹部に注射
して容器に戻します。じっとしていたマウスは、急に幾度も飛び跳ね、激しく痙攣し
て死亡します。その凄惨な情景に私はショックを受け、投与は一匹で中止しました
。数日後、最初と最後に捌いたクサフグの各部位を、六個の密閉ガラス瓶を購入
してエタノールに漬けて、総菜会社関係の資料を入れてある段ボール箱に、三種
の密閉ガラス瓶と共に保存します。なお、魚貝図鑑によると、購入した大型のフグ
は、クサフグではなくショウサイフグです。
一九八六年四月二六日、マウスの四回目の購入をします。購入目的は三回目
と同じです。経済状態の見通しが立たず、東京に戻ろうと考え、総菜会社の資料
の整理をはじめました。。そのとき、性懲りもなく、クサフグの部位など九個の密閉
ガラス瓶の毒性を調べてから廃棄することにし、大阪のA店から五〇匹購入して
Gハイツに持ち帰ります。マウスと対面するとその愛くるしさに、私はしばらくのあ
いだ無心に一匹のマウスと戯れていました。毒性を調べるなど論外です。マウス
を陽気に戻して、五〇匹のマウスを、すぐ近くを通る京阪本線の線路際の側溝に
放してやりました。
 
密閉ガラス瓶の処分と惣菜会社の終息についてお話します。利佐子が死亡し、
一九八六年六月大阪から東京に戻った私は、西池袋の自宅
を売却し、葛飾区
新小岩のTビルの一室を賃借し事務所兼住居とします。就職し
て生活資金を得ながら、
惣菜会社の出資者を探すことにし、それに適した経営企
画書にするため、
さらに下書きに手を加えます。その清書をはじめますが、七月
下旬ころから一部の
マスコミの殺人疑惑を全面に掲げた中傷がはじまり、顔写真
と実名が世間に広がるに
及んで、八月、惣菜会社の設立を断念し、Tビルを引き
払い横浜の実家に
一時身を寄せます。
同年一二月、S社に入社し、足立区内の
一KのコーポEに引っ越し、入社
一年三か月後の一九八八年三月、総務部長兼
経理部長に就任しますが、
惣菜会社の設立には、わずかですがまだ未練を感じ
ていました。同年十月、
コーポEから会社に近い二DKのマンションEWに転居し
ます。
経営企画書の下書きと未完の清書、および九個の密閉ガラス瓶を入れた段ボ
ール箱は、引っ越しのたびに持ち歩きます。部長就任後二年ほどのあいだに、惣
菜会社へのこだわりは完全に消えてしまいます。この時期が「株式会社ヘルシ
ー」の終息の時と言えます。
一九九〇年に入り、S社は東京証券取引所に上場されているM社に吸収合併
されることが明らかになります。そうなれば殺人疑惑で世間の話題になった私が、
会社にとどまることは不可能です。S社でも殺人疑惑を問題にされたことがありま
したが、業務で実力を示して乗り切りました。同年三月、私は身辺の整理をはじ
めます。そのとき、惣菜会社の資料は、トリカブト塊根二個を漬けた密閉ガラス瓶
および経営企画書の下書きと未完の清書を残して、ほかの八個の密閉ガラス瓶
の中身や料理表などの資料はすべて廃棄します。
トリカブト塊根のエタノール漬けを残したのは、前年夏ころNHKのA記者から、
「利佐子の血液からアコニチンが検出された」 と聞いたことに起因します。同一
九九〇年一〇月、保険金請求の民事訴訟で利佐子の血液からトリカブト毒が検
出されたとのO教授の証言があり、密閉ガラス瓶を所持していることに不安を感
じ、早急に処分することにします。私は、マンションEWの台所で、密閉ガラス瓶か
らトリカブト塊根を漬けたエタノールを小皿に空けて、日が射していた窓際のカー
ペットの上に置いて点鼻乾燥を試みますが濃縮の効果はなく、風呂場でヘアドラ
イヤーの熱風を長時間当てて濃縮し、水飴状になることを確認して塊根とエタノー
ルは廃棄します。 
検察官は、この時期、私が完成した水飴状物質を密閉ガラス瓶に入れて保存
していたと主張しますが、であるなら、右のような私の行為は必要ないのです。と
ころが、東北大学のM教授は、マンションEWのカーペットから、トリカブト毒が検
出されたとの鑑定書を公判で提出しています。小皿からこぼれたのでしょう。この
鑑定結果が、私の行為が実際であることのなによりの証拠です。アパートSの畳
からも検出されていますが、密閉ガラス瓶の蓋を開けて臭いを嗅いだり指先につ
けてなめたり、マウスのときは小皿に空けていますから、そのときこぼれたのが検
出されたのです。
同年十一月、利佐子殺害の疑惑がマスコミによって大々的に報道されたことか
ら、S社を依願退職します。身辺整理をした三月のときには、このような事態にな
るとは思いませんでした。ただ、私がS社から不正行為で得た資金は、不正運用
による金利などを差し引いても、一億円を超えています。ある事情があって不正
行為は表沙汰にならないという確信がありましたが、もしものときは、その責任を
とらなければならないと考えながら、私は一年を目標にして海外連結決算のシス
テムを作り上げ、その後S社を退職することを決心していました。
同年十二月、マスコミを避けて札幌のシャトーSに転居します。そのとき持ち込
んだ密閉ガラス瓶に、らっきょう漬けなどを入れて使用しますが、逮捕後、警視庁
捜査一課がシャトーSを家宅捜索して、密閉ガラス瓶二個を押収し、東北大学M
教授に鑑定を依頼します。その結果、らっきょう漬けを入れた密閉ガラス瓶から、
トリカブト毒が検出されます。
 またこの転居のとき、経営企画書を一度読み返してから、下書きと未完の清書
を廃棄しました。これにより、惣菜会社関係の資料はすべて廃棄したことになりま
す。


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