事実の証明

心残りのまま永眠した 神谷 力 氏の手記。 トリカブト事件を冤罪と断定し、 判決の矛盾を鋭く指摘する。
201704 << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >> 201706
スポンサーサイト (--/--/--(--) --:--:--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
全文-17 (2013/02/05(火) 18:36:35)
2012.01.10
 全文-17

 カプセルに詰められる毒量については、共同鑑定書で、「アコニチン系アルカロイド(トリカブト毒)
の致死量は、水飴状のとき二二五mg程度と推定される」 と説明しています。M教授は、
「水飴状物質は、水溶液と置き換えても重量に大きな差は出ないと考える」 と説明しています。
この証言は、水飴状物質は比重が約一だという証言ですから、致死量の約三倍の水飴状物質は
約〇.二二五mlとなります。利佐子が服用したと仮定して、その最大のものは〇号(容量〇.六七ml)
のカプセルで、致死量の約三倍の水飴状物質〇.六七五mlを詰めると、それで一杯になり、フグ毒の
どろどろ状物質を詰める余地はありません。

 この二点を、私は陳述書などで説明しています。判決の内容を見極めようとした私
の考え方は、指摘した二点から、裁判官が少しでも論理的に事実を考察する能力が
あるならば、血液保存状態の杜撰さを認識して、私の二点の主張を重視し、この四か
月間の間に、公判の全内容を再審理するだろうと、私の判断は固まりました。全公判
をとおして、裁判官は、保存血液からの両毒の検出によって、有罪との心証に満たさ
れていたことは間違いありません。しかし、私の二点の主張はあまりにも重大です。
誠実さを堅持して職責を果たす裁判官なら、考えを改めて再審理するのが当然です
し、それが常識ある裁判官の務めです。この四か月間、私は考え方を進めているうち
に、無罪は必ず勝ち取れるという勇気が沸き起こりました。

 判決公判の午前十時に法廷に足を踏み入れたときは、法定内を一見できるほど落
ち着いていました。大きな法廷で傍聴席は満席です。被告人席に着くとまもなく、裁判
長に促され、裁判官の五メートルほど前の判決を受ける席に立ち、私は深々と頭を下
げます。緊張は極度に達し足が震えました。裁判長が判決を読みます。

 「主文、業務上横領、横領、殺人、詐欺未遂により被告人を無期懲役に処する。
未決勾留期間は七百日を刑期に参入する。」

 判決理由は椅子に座って聞きますが、ショックは大きく、怒りが心底から湧き出し、
感情が高ぶり判決理由が耳を素通りします。気を取り直して裁判長の声をとらえよう
としますが、関心は私が主張する二点の問題に集中し、ほかに何を言ってるのか心
に反響しません。その部分がやっと出たと認めたときには、言い訳染みた言葉を伴っ
て耳を通り抜けていました。一時間ほどで判決理由の読み上げを終わり、裁判長は
閉廷を告げます。一時間ほどの間、私は三人の裁判官を代わるがわる睨みつけてい
たのですが、一度だけ左陪審席の裁判官が私と視線を合わせすぐに逸らしただけで
それ以外に三人の裁判官とも、私に視線を向けることはありませんでした。昼食後、
弁護を担当した二人の先生が面会に来られ、判決内容についていろいろな角度から
検討を加えました。先生方と話して、心の中で渦巻いていた怒りは凝縮して一点に固まり、
面会を終えて控室に戻ったときには確固とした闘争心に変わっていきます。

 帰途につき護送車が隅田川に沿うと、曳き船の五倍ほど船体の大きい無動力の荷
船を、タグボートが力強く上流に向かって曳いていく姿を、これからの闘いに奮い立ち
ながら見つめていました。

 第二章 論理的でない矛盾に満ちた判決

 一  誰がミスリードを行ったか

 この事件には、多くの謎が含まれています。トリカブト毒は、ほんの微量を口に含む
だけでも、ぴりぴりという下を刺すような刺激と、ひどい苦味で、そのままでは口から
摂取することはできません。自殺など覚悟の上で服用する以外は、そのまま服用する
ことは不可能です。よって殺人の道具に使用するなら、料理などに微量を混ぜてその
料理を大量に食べさせるか、カプセルに詰めて服用させる以外ありません。この事件
の場合は、カプセルで服用させたことになっています。ですから、カプセルに詰められ
る毒量や、どのようなきっかけでカプセルを服用させたかなど、この事件では、数々の
謎を解いていかなければなりません。謎解きというと、思い出されるのが推理小説です。
私がもし、この事件を推理小説に仕立てるとしたら、謎解きの中心には、やはり服用から
発症までの経過時間を据えるでしょう。

 利佐子が殺されたとするなら、高額な生命保険を掛けた私が殺害したことは容易
に推理することができます。ほかに犯人がいるか? という隠された事情の存在も希
薄ですから、ほかの犯人を探すという謎解きには馴染みません。利佐子は、殺された
のか、病死なのか、ということが、数々の謎解きの結果としてわかるだけです。私が犯
人でなければ、ほかに真犯人がいるという事件ではありません。
この事件の謎を解くには、充分な論理的思考とその展開が要求されます。第一審判
決と、それを踏襲している控訴審判決が、論理的に展開されているか全く疑問です。
推理小説は論理の美を描くと、最近読んだ本に出ていました。判決が推理小説と違う
ことは言うまでもありませんが、それでも推理小説と同じように、筋道の通らない判決
は、いくら組み立て方が上手でも私は美しさを感じません。

 推理小説の描き方の方法として、「ミスリード」 というテクニックがあるそうです。
そのテクニックによって読者を間違った方向へ導き、なかなか事実が見抜けず、最後
にどんでん返しで、「そこまで、よくもだましてくれた」 という、推理小説を読み終えた
ときの喜びが生まれるそうです。

 裁判は、検察官と弁護人のやり取りで進行します。激しく対立する論点においては、
どちらかがミスリードを行っていると言えないでしょうか。仮に、検察官が行ったミスリ
ードに、裁判官が事実を見抜けず最後までだまされたとすると、誤審が生じることにな
ります。推理小説のミスリードとは比較にならない問題が起こるのです。
この第二章は、できるだけミステリータッチで描いてみようと思いました。しかし、組
み立てを形にしていくうちに、それは必要ないことがわかります。なにしろ、この事件
は、少し注意深く検討すれば事実が見えてくるのです。有罪との判決を下した第一審
および控訴審の裁判官は、検察官のミスリードを鵜呑みにすることによって、注意力
が散漫になり、なすべき検討を怠ったにすぎません。この事件では、検察官のミスリ
ードがミステリーそのものなのです。

 このことから、被告人であり書き手である私が、事実を裏返しにして、私自身がミス
リードを織り込むような、書き方をする必要がなかったのです。なにしろ、検察官がそ
の役割を、万事演じてくれたのですから。この事件でのミスリードとは、どのようなもの
か? その点を吟味しながら読み進むなら、この読み物は、ミスリードのテクニックとし
ても充分に興味深く読めると思います。



コメント:
この記事へのコメント:
コメント:を投稿する

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
この記事のトラックバック URL
この記事へのトラックバック:
(C)Copyright 2003-2007. Powered By FC2. VALID HTML? VALID CSS?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。