事実の証明

心残りのまま永眠した 神谷 力 氏の手記。 トリカブト事件を冤罪と断定し、 判決の矛盾を鋭く指摘する。
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全文-08 (2013/01/25(金) 06:12:40)
2011.11.22

全文-08

 エバポレーターの購入については、逮捕後の取り調べで、総菜会社の内容を説明
するために、私が明らかにしたことでした。
私の供述をもとに警視庁捜査一課は、東京都千代田区所在の理化学材料を販売
しているT株式会社で事情調査を行い伝票等から、一九八二年六月七日と翌一九八
三年三月二三日の二回と、一九八三年七月九日に部品のガラスセットの購入を認定
します。
実際には、一回目の購入は一九七九年で、逮捕後の取り調べでは強く主張してい
ますが、十年が経過して伝票が保存されていなかったためか、無視されます。この時
期の購入が、エバポレーターを買う動機を説明する上で重要な意味があるのですが。
マウスの購入についても、逮捕後の取り調べで、総菜会社の内容を説明するため
に、私が明らかにしたことです。

 私の供述から、捜査一課は、東京都練馬区所在の実験動物を販売する株式会社N
の事情聴取を行います。私が購入したことは確認出来ますが、購入の日や数量につ
いては確認できず、私の供述を一応参考にしたようです。
私がマウスを購入した日と数量は、一九八三年十一月か十二月、池袋のペットショ
ップから五匹、一九八四年二月か三月、株式会社Nから五十匹(最小販売単位)、一
九八五年六月か七月、同Nから五十匹、一九八六年四月二十六日、大阪所在の実
験動物を販売するA店から五十匹(最小販売単位)です。
私はこの事実を逮捕後の取り調べで、全て供述していますが、裁判官は、トリカブト
の購入との関連で、株式会社Nからの購入を、一九八二、三年ころと違えて認定しま
す。クサフグの購入時期を一九八四年三月ころから翌一九八五年秋ころまでの間と、
検察官の主張のとおり裁判官も認定しますが、では、クサフグからフグ毒を抽出して
マウスで毒性試験をしたという、検察官の主張の筋書きは、どのように解釈したらよ
いのでしょう。残念ながら、この矛盾の露呈は、第一審の裁判が終了した後に私は気
がつきました。

 第一審の三七回の公判のほとんどは、私を極悪人に仕立てる筋書きを描くため
に、検察側が召喚した証人の証人尋問で満たされています。多くの公判で、証人尋問
が終わると検察官は私を裁判官の前に引き出し、その証人にかかわる事柄を私に尋
問します。私は事実を話せばいいのだという気負いから、軽くいなす意気込みで被尋問席に
立ちますが、取り上げられた数々の問題は、六年かr一二年も前のことで、記憶が薄
れている事柄が多く、なんの準備もなく公判で質問され、記憶をたどりますが、記憶の
もつれは、ほぐす糸口を間違うと、ますます絡みつきます。

 逮捕直後から、私は取り調べにあたった警部や検事に、供述のわずかな食い違い
をとらえられては揚げ足を取られます。そのことは、公判が開始されてからも検察官
によって続きました。私は公判が進むにつれて被尋問席に立つと、それ以前の公判
での供述と、整合性を欠かないようにと最新の注意を払いますが、以前の公判での
供述調書が手元にない悲しさ、気負えば気負うほど、l整合性を欠き失点を重ねます
。検察官は六年から一二年前ほど前のことを追求してくるのですから、記憶が定かで
あるはずはありません。公判を重ねるなかで、記憶が掘り起こされ、供述を二転三転
させながら、私の認識は事実に合致していったと言えます。

 裁判に不慣れな私は、不慣れということすら思い及ばず、心のどこかで裁判を侮っ
ていたのかも知れません。その一つとして、弁護士の先生方への態度に現れます。
先生方とは各公判の前に接見(面会)によって、打ち合わせをすべきなのですが、国
選弁護人の弁護報酬は非常に低額だと聞いていた私は、遠慮からその要請をせず、
公判のたびに書状で、証人への質問事項などを先生方へ連絡して済ませるといいう
安易な態度でした。弁護人への書状で連絡するだけで、証人へ聞きただしたい事項
が、先生方に正確に伝わるはずはありません。開廷中の法廷で、私は弁護人とこそ
こそ打ち合わせをして、裁判長に幾度か注意されます。このようなことでは、十分な
時間と費用を補償されている検察官に、太刀打ちできる訳がありません。

 検察官の起訴状などは、取り調べのときのダイジェスト版だと、ほとんど気にもかけ
ずに私は朗読を聞いていました。起訴状に沿ったトリカブトやクサフグなどの六種類
の購入品に対する検察官の主張は、トリカブトの根塊とクサフグの肝臓から、エタノー
ルないしメタノールを溶媒として、トリカブト毒またはフグ毒を含む溶液を抽出し、エバ
ポレーターで濃縮して水飴状物質またはどろどろ状物質を得て、マウスで毒性の効能
実験を行って、両毒をカプセルに詰めて利佐子に服用させたという筋書きです。
検察側の筋書きは、逮捕後の警部や検事の取り調べで、ほぼ想像がついていまし
た。私の頭を支配していた、服用から発症まで約二時間の問題が、この想像を軽く考
えたのです。六種類の購入品について、記憶をたどり充分に事実を整理しておくべき
なのに、なんの準備もなく公判に臨みました。召喚された証人の供述と実際との食い
違いを、弁護人のの適切な証人尋問で正していく努力を私は怠ったのです。服用から
発症までの二時間の問題にこだわり、検察官の有罪との主張の矛盾、例えば、クサ
フグを購入した時期には、マウスは一匹も購入しておらず、毒性の効能実験はできな
いのに、なぜ購入したと主張するのか、という矛盾などは、事前の準備があれば公判
で指摘できます。裁判に不慣れな私が、裁判を侮っていたのかもしれないというのは、
このような状況について述べたのです。

 事前の努力が充分ではなかった私は、第一七回公判あたりから、証人への尋問と
その供述を聞く態度が、明らかに有罪との心証をあらわしているように感じて、気後
れし、気持ちが守勢に立たされてしまいます。

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