事実の証明

心残りのまま永眠した 神谷 力 氏の手記。 トリカブト事件を冤罪と断定し、 判決の矛盾を鋭く指摘する。
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全文-16 (2013/02/05(火) 17:48:33)
2012.01.05

全文-16

 第三二回公判が終わり、二か月後の五月一九日、第三五回公判の論告と最終弁論を控えて、
私は三月二五日付けで最終陳述書を裁判所に提出しますが、その後の第三四回公判で
取り上げられることもなく無視されます。
私は、「服用から発症まで約二時間」 については合わせて約四万五千字、
「カプセルに詰められる毒量」 については合わせて一万五千字の陳述書を提出しています。
これらの陳述書を裁判官がまともに検討するなら、無罪への期待も少しは生まれますが、
この第一審で経験した、裁判官の任期による交代のときも、期待した私の望みを逆なで
するように、保存血液からの両毒の検出という事実による有罪との心証は、交代した裁判官
に確実に引き継がれていました。このことから、第一審で無罪を勝ち取ることは、ほぼ絶望だと感じ
ています。

 私の興味は、論告求刑にあります。なつ江の死がどのように扱われるか、この問題
です。大阪大学のS教授は、入院中のなつ江の症状を検討して、一九九三年一二月
の大阪公判で、なつ江の死因はトリカブト中毒だと証言しました。この問題は、逮捕後
の警視庁捜査一課の警部と、東京地検の取り調べで取り上げられています。日本で
は司法取引が行われるということは聞いたことがありません。ですが、次のようなこと
が取り調べの課程のなかでありました。

 「なつ江の死因について調査するために、墓からなつ江の遺骨を少々持ち出して、
現在、トリカブトが検出されるか鑑定中だが、利佐子がどのようにしてトリカブト毒を服
用したのか、君がはなしてくれたら、なつ江の死因については不問にしてもいいのだが」
という主旨です。二十二日間の殺人事件の取り調べの過程で、様々な尋問との絡みのなかでの
話ですから、正式な取引ではありませんが、私は取引を持ちかけられたと受け取りました。
実益を求めて利佐子を殺害したのなら、無期懲役、なつ江まで殺したのなら死刑、
私はそのように理解しています。五十メートルプールに耳かき一杯のトリカブト毒の純品を
投入して、その鑑定は可能だと検事は強調します。遺骨の鑑定、私が実際になつ江を
トリカブト毒で殺害したのなら、検出されるでしょう。しかし、なつ江は病死です。
遺骨が鑑定されても、私はなんの心配もしていません。この遺骨の鑑定の問題は、そ
の後、第一審では一切耳にしていません。論告求刑で、なつ江の死因について、どの
ような判断を示すのか、大阪公判に欠席した私は、大変興味を抱いています。

 一九九四年五月十九日、論告求刑の公判が開廷されます。検察官は、耳を塞ぎた
くなるような言葉で私を罵倒しながら、筋書き通りの論告を行います。なつ江の問題
は、なつ江を利用して両毒の効能実験をしたことを強調しますが、死因についてはぼ
やかしてしまいます。遺骨の鑑定結果についても、一切触れません。
検出できなかったからでしょう。求刑は、無期懲役でした。弁護人の最終弁論は、
まだまとまりがついていないようで、聞いていても主張の中核がつかめません。
私が最も重要な問題として提起した、利佐子の体内総毒量の動
態のグラフについては、弁護人への私の説明が不充分だったようで、ほとんど触れら
れていなかったのが残念でした。私が独走せずに、弁護人と常に協調を強めていなら
ばと、悔やみが残ります。

 六 耳を素通りした判決

 一九九四年九月二二日、東京地方裁判所で判決を受ける日です。不透明な私の
心のように、朝からどんよりと雲が垂れ込めていました。首都高速六号線の右手に、
隅田川が並行しています。裁判所に向かう護送車の窓からは、もやで霞んで見通し
のきかない川辺の風景がぼんやりと広がっています。田尾眼の浸水テラスに、ホーム
レスの青いビニールシートのハウスが連なっていました。足立区に住むことが長かっ
た私は、この首都高速六号線は通い慣れた道です。そのころは気にもかけなかった
青いビニールシートが、自由の身を奪われてみると、自由の象徴として目に染みます。
自由の貴さが心身をえぐり、痛みが和らぐことはありません。

 論告求刑公判から判決の日まで、四か月が経過しています。その間、私は冷静に
判決の内容を見極めようとしました。

 有罪を決定する直接証拠はただ一点、利佐子の保存血液からの両毒の検出です。
私の無罪を決定する、直接証拠に匹敵する主張は二点、
利佐子のトリカブト毒の体内総毒量のグラフから、致死量に達しても発症していない状況と、
カプセルに詰められる毒量について共同鑑定書の鑑定結果を適用すれば、
トリカブト毒のどろどろ状物質を詰める余地はないことです。


 利佐子の体内総毒量のグラフを検討すると、死亡時午後2時10分の血中濃度のト
リカブト毒の体内総毒量は致死量の約三倍ですが、その四十三分前の発症時午後
一時二七分の体内総毒量を致死量と仮定すると、血中濃度が直線的に上昇して、服
用から発症まで二二分、カプセルの溶解時間を一〇分と見てそれを加えても、カプセ
ルの服用は午後〇時五五分となり、その時刻は友人達がカプセルを服用していない
と証言した時間帯です。また、東北大学のO教授は、「両毒の拮抗作用は、投与から
発症、発症から致死まで、経過時間がそれぞれ平均的に約二倍に延長する」 と証
言していますから、利佐子に両毒の拮抗作用が最大にあったと仮定した場合でも、発
症から致死までの四三分間は拮抗作用によって約二倍に延長した時間であり、当
然、、カプセル服用から発症までの二二分間も約二倍に延長した結果ということにな
ります。その上、O教授は、「血中濃度時間曲線は、ある程度までは急に上昇し、ある
程度からだんだん下がっていくような、上に膨らみを持つ曲線になる」 と証言してい
ますので、午後一時二七分の発症時にはすでに致死量を超えていると判断できます。
トリカブトの体内総毒量が致死量に達しても発症していない不思議とは、私は、このこ
とを述べたのです。



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全文-17 (2013/02/05(火) 18:36:35)
2012.01.10
 全文-17

 カプセルに詰められる毒量については、共同鑑定書で、「アコニチン系アルカロイド(トリカブト毒)
の致死量は、水飴状のとき二二五mg程度と推定される」 と説明しています。M教授は、
「水飴状物質は、水溶液と置き換えても重量に大きな差は出ないと考える」 と説明しています。
この証言は、水飴状物質は比重が約一だという証言ですから、致死量の約三倍の水飴状物質は
約〇.二二五mlとなります。利佐子が服用したと仮定して、その最大のものは〇号(容量〇.六七ml)
のカプセルで、致死量の約三倍の水飴状物質〇.六七五mlを詰めると、それで一杯になり、フグ毒の
どろどろ状物質を詰める余地はありません。

 この二点を、私は陳述書などで説明しています。判決の内容を見極めようとした私
の考え方は、指摘した二点から、裁判官が少しでも論理的に事実を考察する能力が
あるならば、血液保存状態の杜撰さを認識して、私の二点の主張を重視し、この四か
月間の間に、公判の全内容を再審理するだろうと、私の判断は固まりました。全公判
をとおして、裁判官は、保存血液からの両毒の検出によって、有罪との心証に満たさ
れていたことは間違いありません。しかし、私の二点の主張はあまりにも重大です。
誠実さを堅持して職責を果たす裁判官なら、考えを改めて再審理するのが当然です
し、それが常識ある裁判官の務めです。この四か月間、私は考え方を進めているうち
に、無罪は必ず勝ち取れるという勇気が沸き起こりました。

 判決公判の午前十時に法廷に足を踏み入れたときは、法定内を一見できるほど落
ち着いていました。大きな法廷で傍聴席は満席です。被告人席に着くとまもなく、裁判
長に促され、裁判官の五メートルほど前の判決を受ける席に立ち、私は深々と頭を下
げます。緊張は極度に達し足が震えました。裁判長が判決を読みます。

 「主文、業務上横領、横領、殺人、詐欺未遂により被告人を無期懲役に処する。
未決勾留期間は七百日を刑期に参入する。」

 判決理由は椅子に座って聞きますが、ショックは大きく、怒りが心底から湧き出し、
感情が高ぶり判決理由が耳を素通りします。気を取り直して裁判長の声をとらえよう
としますが、関心は私が主張する二点の問題に集中し、ほかに何を言ってるのか心
に反響しません。その部分がやっと出たと認めたときには、言い訳染みた言葉を伴っ
て耳を通り抜けていました。一時間ほどで判決理由の読み上げを終わり、裁判長は
閉廷を告げます。一時間ほどの間、私は三人の裁判官を代わるがわる睨みつけてい
たのですが、一度だけ左陪審席の裁判官が私と視線を合わせすぐに逸らしただけで
それ以外に三人の裁判官とも、私に視線を向けることはありませんでした。昼食後、
弁護を担当した二人の先生が面会に来られ、判決内容についていろいろな角度から
検討を加えました。先生方と話して、心の中で渦巻いていた怒りは凝縮して一点に固まり、
面会を終えて控室に戻ったときには確固とした闘争心に変わっていきます。

 帰途につき護送車が隅田川に沿うと、曳き船の五倍ほど船体の大きい無動力の荷
船を、タグボートが力強く上流に向かって曳いていく姿を、これからの闘いに奮い立ち
ながら見つめていました。

 第二章 論理的でない矛盾に満ちた判決

 一  誰がミスリードを行ったか

 この事件には、多くの謎が含まれています。トリカブト毒は、ほんの微量を口に含む
だけでも、ぴりぴりという下を刺すような刺激と、ひどい苦味で、そのままでは口から
摂取することはできません。自殺など覚悟の上で服用する以外は、そのまま服用する
ことは不可能です。よって殺人の道具に使用するなら、料理などに微量を混ぜてその
料理を大量に食べさせるか、カプセルに詰めて服用させる以外ありません。この事件
の場合は、カプセルで服用させたことになっています。ですから、カプセルに詰められ
る毒量や、どのようなきっかけでカプセルを服用させたかなど、この事件では、数々の
謎を解いていかなければなりません。謎解きというと、思い出されるのが推理小説です。
私がもし、この事件を推理小説に仕立てるとしたら、謎解きの中心には、やはり服用から
発症までの経過時間を据えるでしょう。

 利佐子が殺されたとするなら、高額な生命保険を掛けた私が殺害したことは容易
に推理することができます。ほかに犯人がいるか? という隠された事情の存在も希
薄ですから、ほかの犯人を探すという謎解きには馴染みません。利佐子は、殺された
のか、病死なのか、ということが、数々の謎解きの結果としてわかるだけです。私が犯
人でなければ、ほかに真犯人がいるという事件ではありません。
この事件の謎を解くには、充分な論理的思考とその展開が要求されます。第一審判
決と、それを踏襲している控訴審判決が、論理的に展開されているか全く疑問です。
推理小説は論理の美を描くと、最近読んだ本に出ていました。判決が推理小説と違う
ことは言うまでもありませんが、それでも推理小説と同じように、筋道の通らない判決
は、いくら組み立て方が上手でも私は美しさを感じません。

 推理小説の描き方の方法として、「ミスリード」 というテクニックがあるそうです。
そのテクニックによって読者を間違った方向へ導き、なかなか事実が見抜けず、最後
にどんでん返しで、「そこまで、よくもだましてくれた」 という、推理小説を読み終えた
ときの喜びが生まれるそうです。

 裁判は、検察官と弁護人のやり取りで進行します。激しく対立する論点においては、
どちらかがミスリードを行っていると言えないでしょうか。仮に、検察官が行ったミスリ
ードに、裁判官が事実を見抜けず最後までだまされたとすると、誤審が生じることにな
ります。推理小説のミスリードとは比較にならない問題が起こるのです。
この第二章は、できるだけミステリータッチで描いてみようと思いました。しかし、組
み立てを形にしていくうちに、それは必要ないことがわかります。なにしろ、この事件
は、少し注意深く検討すれば事実が見えてくるのです。有罪との判決を下した第一審
および控訴審の裁判官は、検察官のミスリードを鵜呑みにすることによって、注意力
が散漫になり、なすべき検討を怠ったにすぎません。この事件では、検察官のミスリ
ードがミステリーそのものなのです。

 このことから、被告人であり書き手である私が、事実を裏返しにして、私自身がミス
リードを織り込むような、書き方をする必要がなかったのです。なにしろ、検察官がそ
の役割を、万事演じてくれたのですから。この事件でのミスリードとは、どのようなもの
か? その点を吟味しながら読み進むなら、この読み物は、ミスリードのテクニックとし
ても充分に興味深く読めると思います。



全文-18 (2013/02/05(火) 18:42:42)
2012.01.17

 全文-18

 判決公判から八か月後に判決文が出来上がりますが、それまでに私の手元には、
公判でメモノートに記録していた鑑定書の大部分と、ぜひ必要な証人尋問調書とを、
コピー代を工面して弁護人から送付してもらいました。判決文を受け取るまでに、私
はそれらの裁判資料を熟読します。その結果、利佐子が病死であることを証明する
「三つの事項」「一つの事柄」 によって、私の無実が完璧に論証できる見通しがつきました。

 「三つの事項」 を要約すると、

 「利佐子の血中濃度の動態から、両毒入りのカプセルを服用したと仮定しても、
それはカプセルを服用していないと判決が認定した時間帯に含まれること」
「利佐子が服用したとされるカプセルには、トリカブト毒の水飴状物質を充填すると満杯になり、
フグ毒のどろどろ状物質は詰められないこと」
「利佐子の血液から検出されたトリカブト毒と、利佐子に服用させるために私がカプセルに
詰めたとされるトリカブト毒の成分比率が、大幅に相違し同一性がないこと」 の三点です。


 「一つの事柄」 とは、

 「トリカブト中毒死の場合、例外なく、死亡に至る最終的症状
は心室細動ですが、なつ江は死亡時の入院で、発症から死亡まで心室細動は一切
現れず、死亡の時は静かに心臓の動きが止まる心静止です」。


この一点と先の三点については、第四章で詳細に説明いたします。

 利佐子の保存血液の鑑定時点から逮捕まで約四年間の遊びがありますが、「服用
から発症まで約二時間」 の問題が絡んでいると私は考えています。血液の保存が
混入を防ぐ完璧な状態であるなら、遊びはなかったはずです。保存の杜撰さが、捜査
当局が服用から発症まで約二時間を乗り越えられず、逮捕に踏み切ることができな
い障害でした。別件で逮捕に踏み切るのは、一部のマスコミが事件を大々的に取
り上げてアジテーションを行ってからです。私には、マスコミが裁判の第一審を担当し
ていると感じるほどでした。逮捕されてからも、服用から発症まで約二時間の問題は
解決されていません。検察側の立場から、公判でこの問題が解決されたように見せ
掛けがあったのは第一審の事実審理が終わる間際です。

 原審では、検察官が様々な状況証拠を提起して有罪と断定し、裁判官はそれを認
定します。私は無罪を主張して、その状況証拠にすべて反論しました。保存血液から
の両毒の検出でさえ、保存が杜撰であったことから状況証拠と見られて当然です。
これらの状況証拠が、有罪の証拠となるか、無罪の証拠となるかは、私が示している
「三つの事項」 と「一つの事柄」 が、崩せるか、崩せないかによって決定します。
言い替えれば、状況証拠を道理にかなったように工夫して有罪に見せ掛けても、
「三つの事項」 と「一つの事柄」 が崩せなければ、状況証拠はすべて無罪の証拠と
なるのです。
この第二章では、状況証拠の主なものを記載し、私の立場から説明して、無実の
主張の背景と心境を明らかにします。さらに第四章では、「三つの事項」 と「一つの
事柄」 が崩せないことを詳しく論証し、その論証を崩すことができなければ、誰にお
いても、罪と抗言することは許されないことを力説します。



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