事実の証明

心残りのまま永眠した 神谷 力 氏の手記。 トリカブト事件を冤罪と断定し、 判決の矛盾を鋭く指摘する。
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全文-14 (2013/02/02(土) 18:09:20)
2011.12.21

 全文-14

 服用から発症まで約二時間の論拠を初めて示したのは、『共同鑑定書』 です。そ
の筋書きは、「致死量のトリカブト毒を摂取した場合、口唇や舌のしびれ感は摂取直
後から二十分ないし三十分以内に出現し、不整脈は悪心、発汗、嘔吐等と前後して
三十分から約一時間前後に出現することが多い」 とし、「トリカブト毒とフグ毒を同時
に服用すると、両毒による拮抗作用があり、その拮抗作用は、両毒をそれぞれ致死
量の約五倍で同時投与した場合に、時間延長の効果が最も大きく、投与から発症ま
で、発症から死亡までの時間が、それぞれ平均的に二倍程度延長した。」 としてい
ます。この二つの事柄は、共同鑑定書と、それを説明した証言を、私がまとめたもの
ですが、前の「嘔吐等が約一時間前後に出現する」 と、後の「投与から発症まで二
倍延長した」 を、乗じて、「服用から発症まで約二時間」 を、鑑定書は捻出してい
るのです。

 後の鑑定結果は、マウスおよびラットによる実験結果を、人に適用していますが、こ
れについて、「ヒトとマウスやラットとの、両毒の作用機構は基本的に同一である」 と
証言し、「ヒトのアコニチン(トリカブト毒)およびテトロドトキシン(フグ毒)による毒性
(作用)発現の機構もマウスやラットと同様に、生命維持にとって重要な臓器・組織の
細胞膜に存在するナトリウムチャンネルの興奮作用および阻害(抑制)作用にそれぞれ
基づくものと考えられる。すなわち、ヒトにおいてもアコニチンおよびテトロドトキシン
の作用機構は、マウスおよびラットのそれと基本的に同一のものである」 と説明するのです。

 また鑑定書は五つの症例を例示していますが、公判中の短時間では充分に検討
することができず、「嘔吐等が約一時間後に出現する」 ことは確認に至りません。
参考資料に、ヒトの中毒症状として、「初期に酩酊状態、のぼせ、顔面紅潮、眩暈、
舌や口のまわりから順次頂部、上肢部、腰部へと下降するシビレ感、蟻走感、心悸亢
進、さらに進むと流涎、舌の硬直、言語不明瞭、悪寒、冷汗、悪心、嘔吐、口渇、腹痛
、下痢などからチアノーゼ、瞳孔散大、体温低下、血圧低下、喘鳴、視力障害、意識
混濁、脈拍細小・不整・微弱・緩徐、呼吸緩慢・痲痺などを起こして死に至る」 と記載
されています。

 この症状の進行を見ると、「嘔吐等」 は中期以降の症状であり、利佐子の発症が
嘔吐からはじまり、それ以前に初期症状であるしびれ感が全くなかったことが、
利佐子がトリカブト毒中毒ではないことの裏付けになると確信します。

 一九八四年二月八日、第二九回公判で、O教授は両毒の拮抗作用の鑑定結果と
証言を行います。これ以前のこうはんで証言した大学の先生方は、利佐子の死亡当
日の具体的条件と動態を示しての私の質問には、言葉を濁して曖昧な答弁に終始
します。その上、検察官の奥の手、「異議申し立て」 が寄せ手となり、私はひるみ、立
ち往生しているうちに、一般論として質問できる、肝心な事柄の質問の時間を、失うこ
とがありました。この轍を踏まないようにと、O教授への質問を、二項目だけは解答を
得ようと腐心します。それに対するO教授の証言は、次のような主旨のものでした。

 両毒をヒトに同時に投与したときの症状の現れ方について、「両毒の拮抗作用があ
っても、症状は、初期、中期、末期と、順次出現する。両毒の拮抗作用があっても、
しびれ感などの初期症状が出現しないわけではなく、遅れるだけである。」
両毒の投与比率を変えた場合の、生存時間の延長について、「アコニチンを致死
量の約五倍投与するのに対して、同時投与するテトロトドキシンの投与量を、致死量
の一倍、二倍、三倍、四倍と変えて実験してみると、生存時間の延長倍率は一・二倍
とか一・五倍とか二倍とかに変わってくる。致死量の約六倍のテトロトドキシンの投与
量は、比較的顕著に延長する投与量を選んでいる」

 この二項目の証言は、非常に重要です。この証言は、両毒の拮抗作用をマウスや
ラットで実験して結果を出し、「ヒトの両毒の作用機構は、マウスやラットのそれと基
本的に同一のものである」 と説明した上での証言です。私は、この二項目の証言で
満足しました。なぜなら、利佐子は、事前に初期症状のしびれ感を全く訴えることなく
、嘔吐が最初の症状であり、保存血液からの両毒の検出量は、トリカブト毒が致死量
の約三倍、フグ毒が致死量の約0.六倍と、五対一です。O教授は、利佐子の死亡当
日の、発症状況や、血中濃度の動態から、間接的に、利佐子はトリカブト毒中毒死で
はないと証明したことになります。とくに、両毒の投与比率の問題は、服用から発症ま
で約二時間を正当化して、利佐子に適用しようとした、検察官の論拠が根底から覆る
ことになります。

グラフ-1.2
画像をクリックで拡大します。


 第三〇回公判は、M教授とS教授の共同鑑定書についての説明と証言がありまし
た。共同鑑定書を詳しく調べることのできない私は、自分自身でも不可解と思える心
境にとらわれます。肝心な質問をやめてしまうのです。これ以上、裁判官の心証を悪
くしたくないという気持ちも働きました。私の質問は、利佐子の具体的条件と動態を示
して問題を提起する以外ありません。答弁は、言葉を濁しての曖昧なものです。
裁判官の苦々しい顔が目に映ります。質問しても効果がないのなら、裁判官を刺激す
るのはもうやめよう、という心理が働いてしまいます。わずかに私の心中を動かしてい
るもの、第一審で無罪を勝ち取りたいという期待がまだ残っています。

 前回の公判から今回の公判まで、二〇日間の期間がありました。その間私は考え
抜き、第一審で無罪を勝ち取るのは諦め、控訴審での闘いを念頭において、できるだ
け多くの無罪を立証する証拠を、集めておこうと決意を固めていました。前回O教授
から得た二項目の証言を、M教授とS教授への関連質問で、曖昧な言葉で効果を薄
められることを恐れました。裁判官を刺激したくないという心理は無罪を勝ち取りたい
という期待よりも、せっかく得た証拠を、裁判官を刺激して、さらに心証を悪くし、裁判
官がO教授の証言を取り上げて、M教授達に尋問し、崩しにかかる隙を与えたくない
という心の動きでした。

 私は、第二五回公判の小麦粉混合のときの体内総毒量の検討を生かして、両毒
の拮抗作用についても、利佐子の具体的条件を反映した体内総毒量の動態のグラフ
を描いてみます。この結果、トリカブト毒が致死量に達しても、利佐子は発症していな
いという不思議な結論でした。この結果をグラフにまとめて、第三〇回公判で裁判所
に提出しますが、裁判官からはなんの尋問もなく無視されます。



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全文-15 (2013/02/02(土) 18:30:22)
2011.12.16

 全文-15

 第三一回公判において、トリカブトの産地と成分比率などについて、M教授の依頼
で鑑定書を提出した千葉大学のS教授は、長年にわたるトリカブト毒の研究にもとづ
き、トリカブト毒の抽出にかかわる証言をしています。この公判で、私はS教授に直接
質問することを許可されます。私の関心は、カプセルに詰められるトリカブト毒を含む
水飴状物質の量と、それに含まれる毒量の問題です。

 共同鑑定書からメモをとって私が計算した結果では、M教授が自ら抽出・濃縮した
「共同鑑定書」 の三一個の鑑定結果は、「水飴状物質の収量は、乾燥根1g当たり
平均で約二二五mg、その毒量は約二.六mg」 です。Y警部補が抽出・濃縮し、M教
授が鑑定した「Y鑑定書」 の五個の鑑定結果は、「水飴状物質の収量は、乾燥根一g
当たり平均で約四七mg、その毒量は約三.六mg」 です。毒量は塊根ごとに違いが
あり、Y鑑定書の塊根は毒量の多いものだったと考えれば問題ありません。問題なの
は、水飴状物質の収量です。共同鑑定書の約二二五mgに対して、Y鑑定書は
約四七mgで、五分の一ほどです。同じカプセルに、Y鑑定書は共同鑑定書の約五倍
の毒量が詰められることになります。

 この違いは何が原因なのか、私はS教授に質問します。共同鑑定書が溶媒にメタノール
を使用し、Y鑑定書がエタノールを使用していること、塊根は乾燥根と生根であることなど、
抽出・濃縮方法を具体的で詳細に説明します。
 
 この二つの抽出・濃縮方法の効率について、S教授は、「アルコールの抽出方法は、ほとんど
すべてのものがアルコール抽出エキスとして取れる。メタノールがエタノールより抽出効率は
いいが、生根からの抽出では、生根から水が溶出してエタノールに水が含まれ、抽出効率が
良くなり、抽出効率はメタノールと大差がない」と証言しています。また、アルコールだけで、
トリカブト毒だけをより多く選択的に抽出できるかという質問に、S教授は 「困難だ」 と答えます。
更に、両抽出方法の違いによって水飴状物質の収量に大幅な差が出るかと質問しますが、
「そう差がないが、抽出に時間をかけたY鑑定書が多分たくさん抽出されてると思う」 と答えます。

 共同鑑定書とY鑑定書の鑑定結果を比較すると、乾燥根に換算して一gの塊根か
らの水飴状物質の収量が、共同鑑定書が約二二五mg、Y鑑定書が約四七mgです。
S教授の証言では、抽出に時間を掛けたY鑑定書が、水飴状物質の収量が多くなる
はずですが、実際には、収量は、Y鑑定書が共同鑑定書の五分の一です。この収量
に含まれる毒量は、塊根に含まれる毒量の違いを無視すれば、同量です。このことが
同じカプセルに、Y鑑定書が共同鑑定書の五倍の毒量が詰められる結果を生むの
です。S教授の証言から考えて、その原因は、溶媒の違いにあると私は判断します。
M教授自から抽出・濃縮した共同鑑定書の溶媒のメタノールは、教授の立場を考え
ると間違いはないと思いますので、Y警部補が抽出・濃縮したY鑑定書の溶媒がエタ
ノールではなく、他の溶媒を使用した可能性を私は推測します。Y鑑定書は私は見た
ことがなく、M教授の証言を聞いただけですので、推測の域を出ていません。次回の
公判でM教授が証言しますので、そのとき納得できるまで質問することにしています。

 千葉大学のS教授への抽出効率についての質問が終わって、私は、予定していた
二つの問題の質問をはじめることにしました。一つは前回の公判で裁判所に提出し
裁判官に無視された、「利佐子のトリカブト毒の体内総毒量の動態のグラフ」 を示し
て、致死量に至っても発症していない不思議を、どう判断するかの意見を求めること
です。もう一つは植物毒と動物毒の違いはあっても、アルコール抽出方法に専門的知
識と経験があれば、「フグの肝臓一〇gから、メタノールを溶媒として抽出・濃縮したど
ろどろ状物質の収量」 がどの程度になるか判断がつくと思い、大まかに推定してもら
うことでした。

 この二つの問題は、私の無罪を立証するする証拠として重要な意義を持つもので
すが、質問をはじめたところ、即、検察官の「異議申し立て」 があり、二つの問題とも
あっけなく葬られます。
一九九四年三月一四日の第三二回公判は、M教授が出廷する最後の公判です。
わたしのM教授に対する質問は、鑑定書やM教授の証言の矛盾点を鋭くえぐる、
これまでにない圧巻なものとなるはずでした。気負う気持ちを抑えて質問を続けます
が、まともな答えは返ってきません。そのうちに、気負う気持ちを抑えて質問すること
が、かえって自分の気持ちを白けさせます。公判の雰囲気から、私が浮き上がってし
まうのです。

 僭越ですが、私の裁判を、上演中の素人歌舞伎にたとえてみました。私は、黒子が
しゃしゃり出て演技をするような、ばつの合わない心境に陥ります。この歌舞伎の多く
の観客の中に、演出者である裁判官が席を占め、劇の筋立ては演出の繰り返しで熟
知してます。演出者は、芝居の節目で、演技の出来映えを心に留め、終演後、全体の
演技を評価して、その善し悪しを公表しなければなりません。役者の多くは出入りの
証人が務めます。主役は検察官ですが、脇役である証人を引き連れて、舞台に登場
し演技を行います。

 私は黒子として、舞台の隅で目立たぬように、主役に準ずる弁護人の演技を後見
しています。素人歌舞伎の黒子など、歌舞伎座などの一流どころの、舞台配置をまね
た置物です。演出者との話し合いもなく、脚本も求められず、目を通すこともできませ
ん。劇の進行にともない演出者の顔色をうかがいながら、黒子の惨めな立場を認識
していくことになります。
黒子にも、劇の進行にともなう、心の動きがあるのです。後見している準主役と、脇
役との演技が噛み合わず、混乱などしたとき、黒子自身が飛び出して演技をしたくな
ることもあります。心の動きが、体の動きを伴うのは、主に、主役の大根役者のような
演技と。脇役の演技の絡みが、馴れ合いに終始したときです。私は、主役の検察官を
無視して、相手にされないことを知りながら脇役の証人に、演技のまずさを伝えるた
めに、実際に体を動かして演技をして見せますが、脇役のとぼけた表情と、観客の笑
いを誘うだけです。

 劇の筋立ては開演のときからすでに決まっていて、演出者は役者の演技を見たい
のであって、黒子の演技など見る気はなく、冷たく黙殺します。それでも、黒子は冷静
さを装って演技を重ねます。それ以外に黒子には、観客を納得させる方法がなかった
のです。黒子がしゃしゃり出て、舞台で役者に代わって演技をするなどということは、
観客の笑いを買っても、それは失笑にすぎません。劇場の中で、独り浮き上がってし
まった存在であることに気がついた黒子は、舞台の中央で呆然と立ちすくみ、演技を
やめ、口を閉ざします。

 私は肝心な質問に踏み込むこともなく、M教授への質問をやめてしまいます。いま
にして思えば残念なことで、M教授の矛盾した証言について、M教授の答えがたとえ
言い訳であっても、言質を取っておくべきだったと公開します。公判に臨む被告人の
心境の微妙な揺るぎを、切実に思い知らされた出来事でした。

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