事実の証明

心残りのまま永眠した 神谷 力 氏の手記。 トリカブト事件を冤罪と断定し、 判決の矛盾を鋭く指摘する。
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全文-10 (2013/01/31(木) 18:57:52)
2011.11.29

 全文-10

 苦労して聞いていたわりには、証言の内容はお粗末きわまりない物です。F教授
は、学会での研究発表だけにしておくべきでした。利佐子の具体的条件に照らしてみ
れば、まったく場違いの研究発表です。だが待てよ? 私は証言を聞き進むうちに、こ
の研究が警視庁科学捜査研究所からの鑑定嘱託によって、三年ほど前からはじめら
れたことがわかったのです。私の逮捕が約二年五か月前ですから、それ以前から当
裁判を目当てにして研究が進められていたことになります。それならわかります。
検察官がやけに熱心な理由が。

 鑑定内容の詳しい解説は第2章に譲ることにして、なにを言わんとしているかを、
簡略に説明します。この鑑定は、発症時間にかかわるものではなく、カプセルの服用
から、死亡に至るまでの、経過時間に関係するものだということを、まず指摘しておき
ます。利佐子は午後二時十分に心臓停止に至り事実上死亡しますが、その時刻から
約四時間前にカプセルを服用した可能性があることを、明らかにしようとする意図を
持つ鑑定です。その条件として、小麦粉と混合して、利佐子はトリカブト毒の血中濃度
が、服用から約四時間後に最高血中濃度に到達したときに死亡したという前提に立ちます。

 私はこの鑑定結果が、利佐子に適用できないことに、公判がはじまって二時間ほど
経った時点で気がつき、検察官とF教授の、馴れ合いを思わせるやり取りを聞いてい
て、ばからしくなってきます。F教授は、「最高血中濃度到達時間は作用が最も強く現
れる時期で、そのところで死に至る可能性がある」 と証言します。それを受けて、検
察官は、最高血中濃度と致死との関係を強調し、利佐子がカプセルを服用して、四時
間ほど経過してから死亡したことを、印象づけようとF教授と盛んにやり取りを繰り返
します。

 利佐子は午後二時十分に心肺停止に至り事実上死亡しますが、仮にトリカブト中
毒死とすれば、保存血液の濃度から、体内総毒量は約五,九mgと推認されており、
致死量の約三倍です。F教授がスクリーンで描いているグラフは、一時間後、二時間
後、四時間後と血中濃度を直線で結んでいきますが、その直線のつながりの形から、
上に膨らむ曲線になることがわかります。

 利佐子の死亡から四時間前の午前十時十分にカプセルを服用したとすると、その
後の利佐子の血中濃度の動態は、二時間後の南西航空に搭乗して間もない午後0
時十分に、致死量の約一,五倍の三mg程度、三時間後は元気にチェックインの手続
きをしていますが、その状況を無視して検察官が発症時刻と主張する午後一時十五
分に、致死量の二倍を超える四,五mg程度、そして、死亡する午後二時十分に、致
死量の約三倍の五,九mgに達するのです。

 なにがばかばかしいかは、説明する必要もないほど明らかです。服用から発症ま
で約二時間を立証するために、涙ぐましい努力をしたことはうかがえますが、苦肉の
策にすぎません。
私は弁護人に頼んで、利佐子の具体的条件を挙げて、F教授に質問してもらいまし
た。それに対してF教授は、「そのことについては、私は何とも申し上げられない立場
でございますので」 と答えます。私は、口を噤んで叫びました、「あなたは、どこで証
言していると思うのだ! ここは殺人事件を裁く法廷にほかならない。あなたは、一人
の人間を陥れる手助けとなる証言をしているのだ。『私は何とも申し上げられない』
と言うがすでに多くを物語っているではないか」 と。学生を教える立場の人が、この
ような無責任なことでいいのでしょうか。

 この鑑定に関する公判は、二日間、六時間ほど費やして証人尋問が行われまし
た。研究発表の準備にかける費用と労力は、相当にかかったようです。内容の希薄さ
に比べて、このあたりの舞台装置を見ると、検察官の立場の強さをつくづく感じてしま
います。私にこれだけの費用と労力を与えてくれるなら、私の意にかなった鑑定
の実施によって、無罪を間違いなく勝ち取る自信があります。国選弁護人の先生は、
国から支払われているわずかな弁護料でよくやってくれています。ですが、熱意を持
って動けば動くほど赤字になるといいます。検察側のせめて三分の一でいいのです。
権力を武器にした鑑定嘱託と、その裏付けとなる費用が弁護側にあったなら、このよ
うな理不尽さは、簡単に打破できるのですが。被告人とは、なんと弱い立場なのだろ
うと、私は、第二五回公判のこの日、しみじみと味わいました。

 四 効果的な抗弁が組み立てられない
 
 裁判が開始されて、ほぼ二年が経過しました。東京拘置所の窓から眺める四季
折々の庭の風情に、私は飽きることがありません。
冬の気温の低い日は、体が震えて止まらないことがあります。昼、ペンを持つ手が
かじかんで、文字が進まなくなり、窓の外に目をやると、土鳩が前の建物の梁に鈴な
りです。強い鳩、弱い鳩、その駆け引きを見ていて、その面白さに心が安らぎます。山
鳩も庭の低木に巣を作り、餌を求めて庭をよちよちと歩きます。その美しい姿に気品
を感じますが、冬は姿をあまり見かけなくなりました。
春は桜の季節です。庭の染井吉野が満開になると、清楚さや華やかさを誇るよう
に、語りかけてきます。染井吉野が散ると、間もなく八重桜が満開となり、重厚さを押
しつけるように、、にぎやかに話しはじめます。染井吉野は花が散ってから若葉が顔
を出しますが、八重桜は花と若葉が一緒に顔を出します。その違いでしょうか、私の
心に醸し出す和やかさは微妙に変わるのです。

 夏の虫たちとの遊び、ぶつぶつと話しかけて独りで相槌を打ちます。夜中のゴキブ
リ君との一騎打ちは相変わらずですが、昼間、もぞもぞと虫が出て来ます。彼らは先
祖代々、ここの住人のようです。流し台の下が彼らの居住区とわかりますが、居住権
があり、追い出すわけにはいきません。追い出されるとしたら、あとから住んだ私のほ
うです。ここから、追いだされてみたいものです。
一匹お出ましになり、私は顔を近づけてよく見ます。遊んでも面白くないので、草鞋
虫君なら無視します。私が遊ぶのは団子虫君です。扁平なら草鞋虫、丸みがあったら
団子虫、体の色はともに灰褐色色ですが、団子虫が濃い色をしています。お出ま
しは団子虫君です。私が人差指で、体を上から軽く押さえつけて、指を離すと、団子
虫君は体を団子状に丸めます。指ではじいて転がしますが、よく転がります。目、ある
のかな、目が回らないだろうか。畳の上では、背を下にして体を開いてくるりと反転し
て簡単に起き上がりますが、私は丸まった団子虫君を真っ平らな机の上に置きます。
団子虫君、かわいそうに、体を開いて、よいしょよいしょと、たくさんの手足をばたつか
せますが、体を反転できず起き上がれません。三十分ほどもがいていた団子虫君、
疲れたらしく、もがくのをやめて動かなくなります。私は人差し指で畳の上に転がして
やります。団子虫君は起き上がると、慌てたように逃げていきました。

 秋になると柿の木が実を付けます。拘置所に柿の木、庭の幅は、同じ作りの前の
建物まで、三十メートル弱です。初めての秋、私は窓外の香木が柿の実を付けたの
を見て驚きました。柿の実は豊かに生りますが、カラス君が枝に留まってもついばみ
ません。渋いのでしょう。実が地面に落ちてしばらくすると、カラス君がついばみはじ
めます。私は話しかけてみました。実は甘いのかと。カラス君はついばみに夢中です。
私も手にしたいと思いますが、それはかなわないことでした。

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全文-11 (2013/01/31(木) 19:07:40)
2011.12.05

全文-11

 検察官は、小麦粉との混合を持ち出して、服用から致死まで約四時間に拘泥しま
した。それは当然です。私が逮捕されて、取り調べを受けたときの、警部や検事の話
を総合すると、利佐子が那覇空港で友人三人と会う予定だった、午前十一時二十分
以降のカプセルの服用を立証するには、ほとんど不可能な条件を満たしていたから
です。午前十一時二十分以降、航空機が延着するとも知らず、私と利佐子は友人三
人が現れるのを必死で探していました。現れたら即、利佐子は友人三人と行動を共に
します。また、航空機が延着したから機内の席が離れたので、予定では、機内でも友
人三人と、一緒の並びの席に座るはずでした。この条件については、警部も検察も私
の供述に反論はしていません。

 このような条件のなかで、両毒入りのカプセルを、私が利佐子に、服用することを
勧めることが、できるでしょうかと主張します。そこで警部も検事も、服用から発症まで
約二時間の問題について、私がどのようにしたのかを、幾度もしつこく尋問しました。
この取り調べの状況から、服用から発症まで約二時間の問題が、全く解決されていな
いことを、検察側は認めたことになります。

 この時は進行しているF教授の小麦粉混合の研究に、検察側がどれほど期待して
いたか、あの舞台装置を見てもわかります。第二五回公判は、検察官にとって晴れ
の舞台だったでしょう。しかし、利佐子の血中濃度の動態を加味すると惨めな舞台で
もあるのです。まさか、裁判官が、この惨めな舞台に目が眩んで、利佐子の血中濃度
の動態という簡単な事実を見極められず、騙されるとは思いませんでしたが、念のた
め、一九九四年一月、第二七回公判の前に、利佐子の血中濃度の動態を加味した
供述書を裁判所に提出します。

 陳述書を提出して、これから反論だと意気込んでいたところ、弁護人から、二か月
後の三月で事実審理は結審すると知らされます。私は自らの耳を疑いますが、聞き
違いではありません。被告人の立場とは、こんなものでしょうか? 一体、私の主張を
どれだけ聞いたというのだ! これから裁判資料を入手し、反論を組み立てようとして
いるのに、私の怒りは頂点に達します。私に反論のための時間を与えないということ
は、やはり、血液から両毒が検出されたことによって、裁判は、有罪と決めつけて開
始されたとしか思えません。

 私は、犯したと誤解されている殺人行為について、よく自問自答をします。琉球大
学のO助教授は、解剖後、心筋梗塞と断定しますが、一か月ほど経過して高額な生
命保険の加入を知り、他殺の可能性も念頭に置いて血液の検査をはじめます。O助
教授は、私が実益を求めて殺人を犯した可能性を考えたのです。
一般論として、実益を求めて殺人を犯した人は、他者の治療を受け入れる心は、希
薄だと思います。実益を求めての殺人は、精神をコントロールできる状態で犯す殺人
です。精神のコントロールが正常な状態で犯した殺人は、殺人が悪行だということは
知っていても、心をえぐるような感覚ではなく、心を素通りする程度の感覚だと思われ
ます。他者の説得も素通りするでしょう。よく、自らの心に他者が潜むと言われますが
その他者に寄りかかれば、言い訳をするだけになります。真に犯した殺人行為を反
省しその心をえぐるには、自ら行う以外にありません。
自分の殺害という行為によって、閉ざしてしまった相手の人生を、深く深く考えてみる
以外にないのです。それが極悪な行為だったと、反省できたかどうかわかるのは、自
分の心を透かして見ることができる本人だけです。

 私は殺人は犯していません。私は、いま述べた一般論を持って私を評していた世
間の声が、非常につらく心に響いたのです。妻を二億円近い生命保険に加入させ、
約一か月後に殺害して、完全犯罪が成立すると考えるほど、私は間抜けではありま
せんが、世間にとってそれは言い訳と聞こえるだけでしょう。血液からの両毒の検出
という証拠を、打ち負かすことのできる立証、それにはアリバイに匹敵する論証が必
要ですが、それが、服用から発症まで約二時間の事項なのです。この事項の審理は、
公判でまだ一度も行われていません。この審理を、私は気力を整えて待っていました。

 二か月のあいだに七回の公判が予定されます。各回の公判の審理内容も日程も
決まっていました。私が提出した陳述書の審理を行う余地などありません。一九九四
年二月七日の第二八回公判から、三月十四日の第三二回公判までの、五回の公判
で、カプセルに詰められる毒量の問題と、服用から発症まで約二時間の問題が、五
週間ほどで審理されます。この二つの問題は、私が最も重要と捉えている事項です。
そこで審理される鑑定書も証言内容も、私はまだわかりません。第三二回公判が事
実審理の実際上の結審だと知って、私は途惑いの気持ちをあらわにして、弁護人に
怒りをぶつけます。

 後悔することが私にはありました。それが途惑いの気持ちに影を落としています。
一九九四年一二月二二日、大阪に出張して公判が開かれます。この大阪公判に
私は参加しませんでした。理由は私の意気地無さです。大阪までの連行は新幹線で
す。手錠をかけ腰縄を打たれ看守に付き添われて、駅構内を歩き、車内で座っていな
ければなりません。頭からすっぽり何かをかぶって、顔を隠すということは、殺人を犯
していない私には論外です。

全文-12 (2013/01/31(木) 19:23:57)
2011.12.12

 全文-12

 世間に顔を晒す気概に乏しい私は、欠席しました。これが三度目です。一度目は一
九九二年二月、那覇で開かれた公判で、二度目は期日は不明ですが秋田の公判で
この場合の欠席理由も同じです。大阪公判の後、公判の審理内容を先生方から聞い
て驚きました。なつ江の死因がトリカブト中毒であるという、大阪大学医学部S教授の
証言が、状況証拠をもとに展開されたのです。私にとっては突然の衝撃でした。先生
方から聞く事ができたのは概略ですから、詳しいことを知りたいのですが、証人尋問
調書もなく手立てがありません。出席しなかったことを、大変悔やみました。この証言
の反面が、第一審が終了した後に、服用から発症まで約二時間の事項と、肩を並べ
るほど重要な事柄になります。

 私の手元にある裁判資料は、第二五回公判の直前に入手した資料です。それ以
前の公判では資料が手元にないため、検察官に被尋問席に引き出されても、効果的
な抗弁が組み立てられませんでした。入手した裁判資料を調べた結果、その抗弁を
補完したい事柄が様々あるのですが、公判の内容と日程が決まっていて、割り込むこ
とができません。F教授の証言に反論した陳述書についてだけは、被告人尋問調書
に明記しておきたかったので、第二七回公判で、別の事柄で被尋問席に引き出され
たとき、打ち合わせのとおり、弁護人に尋問してもらいました。しかし、即時に検察官
が、「当尋問事項と関わりない」 と異議を申し立て、裁判官が認めて、私の望みは去
ってしまいます。このようなことは、これまでの公判でたびたびありました。その都度、
裁判官への私の不信は強く重なります。

 同じ第二七回公判で、私は夜道でわずかに見えていた明かりを見失います。闇は
深いのです。裁判官の表情から、私はそのような印象を受けました。裁判官が、私に、
「利佐子の血液から両毒が検出されたことをどう思うか」 と尋問します。私は、
「採血されて八か月間保管されているあいだに混入された」 と答えました。私は有罪
はほぼ決定していると確信します。

 利佐子から採取された血液の保管方法について、私が初めてO助教授の証言に
接した第二回公判では、私の気持ちには、多くの疑問が貼り付きました。第三回公判
のO助教授の証言を聞いて、私の気持ちは、疑問が不信に変わります。私はその不
信の気持ちを質問によって直接O助教授にぶつけてみたかったのですが、その後、O
助教授は被尋問席に座ることはありませんでした。約一年後の第一七回公判で、弁
護人から、那覇公判の現場検証の訴訟資料「血液保存実況見分調書」 の写真を見
せてもらいます。実験室と冷蔵庫の写真を見た私は、唯一の直接証拠ともなりうる重
要な血液を、これほど無造作に保管するものかと驚いてしまいました。

 実験室は十坪以上ありそうな部屋で、実験器具が置かれ、日常多くの研究員が実
験のために使用していることがうかがえます。この部屋の一遇に、上下二ドア式で、
上段が冷凍庫、下段が冷蔵庫という、ごく一般的な大きさの、鍵の掛からない家庭用
冷蔵庫が置かれています。現場検証が行われたのは、一九九二年二月で、O助教授
は一九九〇年六月に東京の日本大学に転勤し、利佐子の血液も一九九一年十二
月ころ琉球大学から日本大学に移されたため、検証のときに現物は保管されていま
せん。現場検証の写真では冷凍庫と冷蔵庫のドアが開けられ、冷蔵庫の中は薬品類
が整然と収められており、立会人が指で示す冷凍庫の入り口近くに試験管が置かれ
ています。
O助教授の証言では、利佐子の血液を入れた二本の試験管は、解剖日、警察署
名、神谷利佐子と紙に書いたラベルと一緒に、袋に入れて縛って保管したということ
です。現場検証で立会人が指で示した保管状態では、実験室に出入りができ、利佐
子の血液の保管を知る人なら、誰もが利佐子の血液に細工をすることが可能です。
保管後、研究員など十名ほど集めて検討会が行われ、トリカブト毒がリストに入り、そ
の後、トリカブト塊根のエタノール抽出液が放置されます。第十七回公判での、利佐子の
友人Aの証言では、O助教授は週刊誌の記者に血液の保存を話しているということです。

 私は利佐子に、トリカブト毒を服用させていません。物的証拠として、混入を防ぐ完
璧な保管をしていたのなら、血液からトリカブト毒は検出されませんでした。
O助教授の保管状態では、血液の保管中にトリカブト毒が混入したことは、疑いよう
のない事実です。
裁判がはじまった当初から、私が危惧していた、保存血液からのトリカブト毒の検
出という事実が、裁判官の有罪との心証を決定づけていないか、ということを、第二
七回公判で、裁判官は態度によって明確に示しました。この心証を覆すことは、もは
や不可能です。私は、アリバイに匹敵する二つの事項、服用から発症までの約二時
間の問題と、カプセルに詰められる毒量の問題で、論証を完璧に行い、無罪を勝ち取
る以外ないと決意します。

 アリバイに匹敵する二つの事項は、第二十八回公判以降の五回の公判で審理さ
れるはずです。五週間の短期決戦となります。私は、二つの事項の論証を組み立て
るために、有罪と決めつけて鑑定を行い、証言をする、東北大学のM教授に、どのよ
うに反論したらよいか、少ない資料を調べながら、様々なケースを検討します。そのな
かで、一つの問題が浮き彫りにされます。
裁判官は、私に、「トリカブト毒を保管していた密閉ガラス瓶に、らっきょう漬けを入
れて、それを食べて怖くなかったのか」 と尋問します。私は「平気でした」 と答えま
す。この尋問は、トリカブトの塊根を密閉ガラス瓶を使用してエタノールに漬け、それ
を東京のマンションEWで空けて、札幌のシャトーSに持ち込み、らっきょう漬けを入れ
て使用していたのです。逮捕後、このらっきょう漬けの入った密閉ガラス瓶を捜査当局が押収し、
M教授に鑑定を依頼したところ、トリカブト毒が検出されますが、その尋問です。

 検察官は、私がトリカブトの塊根からトリカブト毒を抽出・濃縮し、マウスで毒性実験
を行い、完成した水飴状物質を密閉ガラス瓶で保管し、その水飴状物質をカプセル
に詰めて利佐子に服用させ殺害したとの筋書きを描きます。検察官は、密閉ガラス瓶
の鑑定結果で、筋書きは裏付けられたと強調したかったのでしょうが、その主張はな
かったように記憶しています。この審理のなかで、先ほどの裁判官の尋問がありました。

 トリカブト毒の猛毒成分は、アコニチン、メサコニチン、ヒパコニチン、ジェサコニチン
の四成分ですが、トリカブトを漢方薬として扱う製薬会社のM研究室長が、「毒素の構
成比のパターンが違えば、産地が違う可能性は高い」 「トリカブト根をエタノールに漬
けておいても数年間は高い毒性を維持する」 「四種類の毒素は構造的に非常に似
ており、体内で特定の一つだけが代謝されるとは考えがたい」 という主旨の証言をします。

 この証言からわかることは、検察官の描く筋書きどおりとすれば、利佐子の血液か
ら検出されたトリカブト毒の成分比率と、密閉ガラス瓶から検出されたトリカブト毒の
成分比率がほぼ一致しなければなりません。私の手元にある裁判資料には、密閉ガ
ラス瓶の鑑定結果や、証言の記述が見つからず、結論は出せませんが、もし、血液と
密閉ガラス瓶の比率が一致していたのなら、図星の手柄を立てたと意気込み、検察官は
大いに騒ぐでしょう。騒がなかったことから、一致していなかったと私は推測しています。

 この問題を、今後の五回の公判で持ち出そうと考えますが、これに関係する裁判
記録がなく、審理に割り込ませる糸口がつかめません。私か、あるいは弁護人が、密
閉ガラス瓶の鑑定をしたM教授に質問しても、検察官の「当審理に関係ない」 との異
議申し立てと、裁判長の是認で、なしえないことは必定です。
もう少し早くこの問題に気がついていれば、弁護人の先生方と相談ができたのです
が先生方との打ち合わせは、公判当日の改定前の十五分ほどの接見です。山のよう
にある課題も、処理しきれない状況で、この問題を相談するのは無理でした。私は、
第一審で明らかにすることは諦め、控訴審を念頭に置いて、時間をかけて調査するこ
とにしました。


全文-13 (2013/01/31(木) 19:28:17)
2011.12.19
 
 全文-13

 五 黒子がしゃしゃり出て演技する心境

 「七重八重、掻き回せども味噌汁の、実のひとつだになきぞ悲しき」などと、稚拙な
駄洒落を口にしながら、朝食の味噌汁を掻き回します。給食を担当する人は何十人と
配色して回りますから、味噌汁の容器を一人ひとりいちいち掻き回してから、食器に
つぐわけにはいきません。年に二.三度ですが、私は味噌汁に、恨めしそうな目で訴
えてから、無性に腹が立ってきます。もちろん、自分のさもしさにです。拘置所での一
番の楽しみは、食生活と言えます。
三食のうちで朝食が一番腹に染みます。午後四時に夕食を済ませてから、翌朝七
半ころの朝食まで、口は食べ物と挨拶を交わすことはありません。朝の食べ物との
出会いに、いつも同じように感激します。一汁二菜が付く昼食や夕食と違い、朝食は
麦飯に味噌汁、それに振掛けや佃煮など二品が、日替わりで少々付く程度の質素な
ものです。それでもクークーと鳴り物入りで訴える、背と腹がくっつきそうなおなかは満
足してくれます。

 経済的に豊かなら、甘味なものは、日常的に口にすることができます。私の大好物
のショートケーキなどと贅沢を言わなければ、せんべいにキャラメル、あんパンにチョ
コレートなどの多くの庶民的な甘味物や、牛乳、納豆、練乳、マーガリン等が購入でき
ます。私は、加糖の練乳とマーガリンを等量練り合わせて、パン食のときの、パンに
ぬって食べるのが好きです。下手なカスタードクリームより、よほどうまいのです。チュ
ーブ入りの練乳も安価ですし、マーガリンも安く、経済的に豊かでない私は助かりまし
た。この頃、マーガリンはバターより健康によい食品だと言われてました。
私は久しぶりのクリームパンを頬張り、味わいながら少しずつ飲み込んでいきま
す。小机の上には、まだ、あんパンがあり、にやりとします。明日からの第二十八回公
判を前にして、至福のひとときでした。

 第二八回公判に臨んだ私は、東北大学M教授の証言を聞いて挫折感を味わいま
す。警視庁捜査一課のY警部補が抽出・濃縮を行い、二号カプセルに詰めた物質を、
M教授は鑑定してY鑑定書として提出し、証言しているのです。そのカプセルの鑑定
結果では、トリカブト毒が致死量の約二七倍詰められていると説明します。挫折感を
味わいながら聞いていた私は、この後半の直前、一月下旬に弁護人に届いた、「共同
鑑定書」 を借りて目を通しはじめます。
「共同鑑定書」 は、東北大学のM教授、O教授、S教授の三教授が共同で鑑定を
行い提出した鑑定書です。鑑定書は、Ⅰ鑑定事項、Ⅱ鑑定事項、Ⅲ鑑定事項、Ⅳ鑑
定事項、の四項目に分かれています。その中に参考資料として、私の事件を判断す
る上で、非常に重要な事実や例示が記載されてます。記載の量が多く、内容が多岐
にわたるので、十分な時間を持って詳細に調べなければなりません。
公判中調べる時間のない私は、Y鑑定書に関わる内容がないか、飛ばし読みのな
かから、拾いこみを行います。ありました。季節を違えて採取した三十一個のトリカブ
ト塊根を、M教授自ら、一個ずつ、抽出・濃縮し、鑑定した結果です。M教授自らが、
鑑定資料を準備し、鑑定したのです。これほど確実な鑑定結果は望めません。私はこ
の鑑定結果を、メモにして持ち帰ります。

 私は、この第二八回公判で、裁判長の制止も構わず、弁護人と小声で証人尋問の
打ち合わせをします。制止など、構っていられなくなったのです。弁護人の証人尋問
に、もどかしさを、感じはじめたからです。裁判長は、これ以来、私が証人に質問でき
るように、かなりの質問時間を設けます。これは、私への便宜を図るためではなく、有
罪との心証を決した余裕から、裁判の進行を遅らせないための便法と私の目には映
りました。裁判官の態度と表情でわかるのです。検察官が証人に尋問し、証人が答弁
するときは、証人への裁判官の態度は穏やかです。私が証人に質問し、証人が答弁
するときは、裁判官の証人への態度と表情は変わらず、私へ向けられたとき、口をへ
の字に結び厳しい表情に、がらりと変わります。私は気のせいであることを願います
が、私が質問に立つたびに、その感覚は私の心に蓄積し、ぬぐいようがありません。
この感覚とともに、私は弁護人への気遣いから疲れを感じはじめます。弁護人との
打ち合わせのない、独断での私の質問、弁護人の証人尋問の口数が少なくなってい
きます。弁護人が何を意図して、証人尋問を組み立てているのか配慮していない私
の態度が、弁護側の弱点をさらけ出していることを、私は気がつきませんでした。この
弱点が、のちに、私が公判の雰囲気から、浮き上がった存在に感じることにつながっ
ていきます。弁護人への筋を違えた気遣いをしながら、ひとりで張り切っていたので
す。

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