事実の証明

心残りのまま永眠した 神谷 力 氏の手記。 トリカブト事件を冤罪と断定し、 判決の矛盾を鋭く指摘する。
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全文-01 (2013/01/14(月) 17:18:52)
2011.10.17

 第一章 トリカブト殺人事件を物語る

 一 極悪人の誕生

 乗客は急ぎ足でゲートへ向かっていました。私は羽田空港の長い通路をゆっくりと
歩きます。東京に戻ると空気は相変わらずよどんでいましたが、胸に思いきり吸い込
むと、親しい友人たちに囲まれたような安らぎを覚えました。
 ゲートの外は乗客とそれを迎える人で混雑しています。テレビカメラを肩にかつい
だ男が目に映り、私はぎくりとして足を止めます。マスコミの激しい攻勢から避難する
ために、札幌に住んで六ヶ月が経過しました。失業保険の受給認定のために、今朝、
札幌の自宅を出たときから尾行がついて、逮捕が間近いことを感じます。注意深くゲ
ートの外を見まわしました。ゲートを中心に扇状に人垣が広がるなかに、目付きの鋭
い男が数人私を凝視しています。私は覚悟を決め前へ歩きだしました。

 ゲートを出たところで数人の男が近づき、一人が私の名前を呼びます。返事と同時
に、二人の男が両わきから私の両肘を抱え込み走りだします。体は宙に浮き、足はむ
なしく空を切ります。一人が先に走り、人混みを強引にかき分けます。人垣の扇状の
広がりが崩れ、人々がどよめき、怒号が飛び交います。人いきれを押しのけながら勢
いよく進み、混雑を抜け出して建物の外に出ました。
痛みを伴うほどに、二人の男はますます私を抱え込みます。背を人々の視線が突
き刺します。私は身動きの取れないまま足だけをばたつかせ、引きずられるように駆
けていました。 路上の段差や舗装の色など、地面の模様が次つぎと変わるのを意
識しながら、百メートルほど駆けたのは覚えていますが、あたりの情景はほとんど目
にはいりませんでした。

 私が周囲に心が向いたのは、警視庁の護送車の車内でした。窓はカーテンが引か
れ外は見えませんが、車は首都高速道路を走っているようです。私は軽い吐きけと
目まいを感じていました。手錠なしで連行されてきた私の手首に手錠が掛けられ、
冷たい感触が全身を駆け巡ります。業務上横領および横領との逮捕状が読まれたとき、
私は殺人容疑でないことに驚きました。

「捜査一課は殺人事件が担当だと聞いてますが、横領事件の捜査もやるのですか」
「君の場合はいろいろとあるからね。ケースによっては横領の捜査もやるよ」


 逮捕の指揮をとったこの警部が、四十四日間の私の取り調べを最後まで担当しました。
質問を続けようとしたのですが、吐き気と目まいがひどくなり、私の感応は、
回りが白くぼやけてハレーションが掛かったような状態でした。

「すみません、目まいがひどいのです。机の上に顔を伏せていてよろしいでしょうか。」
「そんなにひどいのかね、やむを得ないだろう」


 車は警視庁の地下駐車場に入りました。

「着いたよ。気分はどうかね。歩けるかね」
「だいじょうぶ歩けます」


 刑事に促されて私は車を降りました。広い駐車場です。腰に捕縄を打たれ、手錠の
ため、両腕は前に揃えていなければなりません。
五一歳になる私は背筋を伸ばし姿勢を正して歩きだしました。
正面にエレベーターが大口をあけて待ってます。一九九一年六月九日、私が自由を失う日でした。

 この事件の報道は、私が生命保険の民事訴訟を取り下げた一九九〇年一〇月か
ら激しさを増します。利佐子の血液からトリカブト毒が検出される。恭子、なつ江、利
佐子、五年間に心臓不全が原因で、3人の妻が死亡しました。三人目の妻の保存
されていた血液から、トリカブト毒が検出されたという事実は、誰の脳裏にも私が極悪
人と映るのが当然でしょう。利佐子の友人たちが、私への嫌悪の気持ちにはやり、事
実の見極めもなく極悪人としてマスコミに話したことも多大に影響しています。

 世論を形成することにマスコミの力が大きいことは、さまざまの報道を目の当たりに
して納得できることです。其の報道を裏腹に伝えたとき、世論を誤った方向に導き、計
り知れない悪影響を関係者に与えてしまいます。
私の五歳年上の兄は六九歳でこの世を去りますが、生前、松山事件など多くの冤
罪事件の救援活動に奔走してきました。私は兄に真実を伝える手紙を書き救援を頼
みます。兄の返事は、「君は信じられない」という厳しい内容でした。兄などの手紙か
ら私を極悪人とするマスコミのアジテーションの激しさを知ります。極悪人という私へ
のレッテルを、兄にまで信じさせた逮捕後の報道が、いかに激しいものであったか思
い知ることができました。



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